捧物

□誘われて
1ページ/1ページ


本日のメイド・ラテは眼鏡Day。
細身のシルバーフレームの眼鏡をかけた美咲の姿は、いつもの“クールで知的なメイド”をより一層引き立てていて、来店したご主人様達の胸を高鳴らせていた。
当然それは店長であるさつきも同様で、ことあるごとに不可視の花を咲き散らしている。
しかしその花が一番大量に咲いたのは、実は閉店後のことだったりした…





「なんでお前まで眼鏡だったんだよ…」

閉店後の掃除を終えてスタッフルームに入った美咲の目の前には、同じく厨房の片付けを終えた碓氷が立っていた。
客前に出ない厨房スタッフなのに、なぜか碓氷まで今日は眼鏡をかけていて、美咲はようやくずっと抱えていた疑問を口にした。

「偶然偶然。今日はちょっと目の具合がよくなかったから、コンタクトを止めただけだもん」

にやにやと笑いながら言う碓氷の言葉を半信半疑で聞いた美咲は、なにか言おうとして口を開きかけたが、結局その口からは諦めたような溜め息が零れただけだった。

美咲はかけていた眼鏡を外しながら碓氷の横を素通りすると、テーブルの上に外した眼鏡を置く。
痛みを堪えるような表情でこめかみを押さえた美咲は「眼鏡の人はよく長時間かけていられるな」とひとりごちた。
一日中慣れない伊達眼鏡をかけていたせいで耳の付け根と目頭の辺りに鈍痛がでていて、それが美咲の疲労を倍増させていた。

「慣れてるからね。かけ始めの頃はやっぱり痛くなったよ」

碓氷は労る声音で答えると、両手で美咲の顔を包み込みこめかみを揉み解した。

「辛いようなら蒸しタオルをあてがうといいよ。用意しよっか?」

「いや、いい。っていうか放せよっ! 顔が近いっ」

いつの間にか目前に近付いていた碓氷の顔に心臓が跳ね上がり、瞬時に赤くなった美咲は慌てて碓氷の手を払い除けた。

碓氷の眼鏡姿は何度か見たことがある。回数で言えば見慣れたと言えるくらい。
しかし、彼の自宅でしか見たことがないうえに普段コンタクトの碓氷がかける眼鏡姿は、彼の端整な顔立ちを強調しているように映り知らず美咲はいつも見惚れてしまう。…鼓動の速さと頬の赤みを伴って。
実は今日も厨房で顔を会わせるたびにドキドキしてしまい、仕事に集中できないでいたのだった。

そんな八つ当たり気味な感情を込めてキッと睨むと、当の碓氷は美咲の心情などお見通しだと言わんばかりににやにや笑っている。

「なに笑ってんだよ?! ムカツクっ!」

「だってミサちゃんがあんまりにも可愛いから♪」

「なっ…ふざけるなっアホ碓氷っ!」

ジリジリと後退る美咲を壁際に追い込んだ碓氷は、とん、と美咲の顔の両側に手をつき逃げ場をなくす。

「――ミサちゃんは〜俺の眼鏡姿、大好きだもんね?v」

意地悪く笑う口許とは別に、黒いフレームに縁取られたレンズの奥の瞳にはからかい以外のものが混ざっていて、それに気付いた美咲はその瞳に魅入ってしまう。

「―…だから…可愛いすぎだって…」

赤く染まった顔で見上げて見つめてくる美咲は、碓氷にしてみれば誘っているようにしか見えなくて。
碓氷はその誘いに抗うことなく、反論しかかった美咲の口を自分のそれで塞いだ。

「っん…ふぅ…ん…」

角度を変えて繰り返され深さをも増した口付けに、美咲の身体から力が抜けていく。

「…っは…ぁ…っ」

ようやく解放された口から酸素を取り込みながら崩折れていく美咲の身体を、碓氷は腰に回した腕で支える。
そして、ちゅっと触れるだけのキスをした唇を美咲の耳許に近付けると自室への訪いを囁いた。

躊躇いがちに小さく頷いた美咲と碓氷のやりとりを、壁を隔てた通路でさつきが聞いていたことを2人が知るのはもう少し先のこと…


end.(2010.05.05/06.08)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ