捧物

□いつか
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「バイトないんだよね? だったら付き合ってよ」

そう言う碓氷に朝からあちこち引っ張り回されて、最後に連れて来られたのはもう何度も来たことのある相手の部屋。相変わらず生活感の薄い部屋に美咲はいつも胸に小さな痛みを覚える。この部屋の主が何かに執着することもなく、自分自身のことにも無頓着でいることが痛ましく思えるからだ。
そんな彼が唯一興味を示す対象が何故か自分ということに、美咲は戸惑いと苛立ちを覚えつつもほんの少し嬉しさも感じていて複雑な気分になる。
当の碓氷はというといつもの飄々とした態度ではあったが僅かに楽しげな雰囲気が滲んでいた。それは美咲をからかって楽しんでいるのではなく嬉しさからくるものだったが、自分の気持ちを持て余していた美咲には解かるはずもなく、今はお茶の用意をしている碓氷の後ろ姿を不機嫌気味に見やっている。
湯気の立つカップを手にして碓氷が美咲に近づく。

「夜は期待してて? 前みたいに腕奮うからv」

片方のカップを渡しながら笑顔で言う碓氷に美咲は顔を背ける。自分のバッグを握り締めて言いにくそうにしていたが、バッグの中から何かを取り出そうとしながら口を開いた。

「…あ、あのな。お前が前言っていたみたいに…その…何あげたらいいのか決められなくてな…」

申し訳なさそうに顔を歪めて言う言葉に、碓氷は苦笑する。

「今年のプレゼントも“鮎沢の1日”がいいって言ったじゃん。だから休みの日にこうして…」

「だからっ! そんなものはプレゼントにならないだろうが!!」

「なるよ」

思わず声を大きくした美咲とは対照的に、碓氷は落ち着いた柔らかな瞳で美咲を見つめながら言葉を繋ぐ。

「…鮎沢が一緒に居てくれること…傍に居てくれること…それだけでいいんだから」

碓氷が本気でそう思っていることが感じられて、美咲はどう答えていいか言葉に窮する。傍に居るということなら普段からそうなのだから今更だろう、と思いはするのだが、それだけではない何かをも感じてしまって尚更に美咲は口を閉ざした。そんな美咲を見ていた碓氷は「じゃあさ」と提案する。

「鮎沢から欲しいもの1つあるから、それ、頂戴?」

「何だ?」

小首を傾げて問う美咲ににっこりと笑いかけて立ち上がった碓氷は隣の部屋から小さな包みを持ってきた。

「興味ないから物とかはあんまりいらないから…さ」

言葉を途中で止めて包みを美咲に渡す。開けて、と目で促すと美咲は遠慮がちに包みを開けた。中から出てきたのは銀色の華奢なネックレス。
意味が解からずにいる美咲の目の前で碓氷の手がネックレスに伸びる。ゆっくりと持ち上げられていく鎖の先にはチェーンと同じ色をした細い輪形のペンダントトップが付いていた。碓氷のもう片方の手がそれを摘み美咲の目の前まで持ち上げると、透明な青い石が一石埋め込まれているのが見えた。そして裏側というか内側には“T to M”の刻印。
輪の大きさからペンダントトップというより指輪をチェーンに通しただけなのが解かって美咲の頬が僅かに朱に染まる。

「いつかここに填めてくれるっていう…約束が欲しい」

美咲の左手を取り薬指に触れながら言う碓氷がいつになく真剣で、それだけでも美咲は何も言えなくなってしまう。

「今は約束だけでいいから。填める決心が付くまではネックレスとして使ってくれればいいし、持っていてくれるだけでもいい」

美咲の首にネックレスをつけた碓氷は、赤くなって動けないでいる美咲に「…ダメ?」と念を押した。
さすがの美咲でも碓氷の言わんとすることは解かって、これ以上ないほど真っ赤にした顔を俯けていく。
が、完全に下を向いてしまう前に止まり、意を決したように目を閉じると小さく頷いた。

「――…っ…いつか…な…」

本当に小さな声で応えた美咲に碓氷もまた囁くように応える。

「ありがとう…鮎沢」

ふうわりと笑った碓氷の顔は美咲同様赤くなり、少し泣きそうな、それでも嬉しそうな笑顔で美咲を抱き締めた。


end.・・・?(2009.09.09)
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