捧物

□デリバリー(7月10日)
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いつもの昼休み。
いつもの4人がいつものように庵お手製の重箱弁当を囲んでいた。
隼人はがっつくように。伯王は苦手な野菜をできるだけ食べないように。庵は伯王に釘を刺しつつ隙あらば食べさせるように。
そして良は3人の姿を眺めつつ、時折庵に味付けの仕方や解説なんかを聞きながらにこにこと料理を頬張っていた。
そんないつもの風景。
…だったのだが。

「どうかしたのか? 氷村」

「「「え? 何が?」」」

隼人と庵はともかく良までもが、“何を言われたのか判らない”といった体で聞き返した。
いつも美味しそうに、隼人ほどではないが目の前の料理に集中して食事をする良だったが、今日は少し様子が違っていた。
じぃ〜っと料理を見つめては何か考え込んでいるような表情をする。
とは言ってもそれは一瞬のことで、すぐに元の表情に戻り、手にした料理を口に運んでは誰もが一目で“美味しい”のだと判るほどの顔で食する。
だからそんなわずかな変化に気付いたのは、彼女の専属である伯王だけだった。

「何って…何か考え込んでいるようだったから…」

言われて良はようやく思い当たることに気付き、「…大したことじゃないよ?」と、少し上目遣いで伯王を見た。

「大したことかどうかは聞いてから判断する。で? 何だ?」

「え〜っと、ね。ピザ…食べたいなぁって思ってた」

良は恐る恐ると言った感じで先程思い描いたことを口にした。

「ほらっ昨日、帰り道で宅配ピザのバイク見たでしょ? あの時“しばらく食べていないなぁ”って思ったの。で、今日これ見たらなんか無性に食べたくなっちゃって…///」

そう言いながら良が指差したのはアスパラのベーコン巻き。

「好きなんだ〜アスパラのピザv トマトソースの上に玉葱とアスパラとベーコンをのせてね? その上にたぁ〜っぷりチーズがかかってるのv 玉葱とアスパラが甘くって美味しいんだよ〜」

満面の笑顔でピザの説明をする良だったが、「…でも寮で注文しちゃあ駄目だよね…」と、残念と大きく顔に書いて肩を落とす。
しかし気を取り直して食事を再開した良は、今度は伯王が考え込んだ表情をしたのに気付かなかった。
代わりに…
昼食が終わり、良を教室まで送って戻ってきた伯王の肩をにっこりと笑いながら叩いて迎えたのは、彼を主人としている2人だった。

*****

翌日の日曜日。午後から薫子に付き合って『黒燕画報』の手伝いをすることになっていた良は、朝からずっと数学の課題と格闘していた。
う゛ーう゛ー唸りながらも、何とか最後の問題を解いたところで携帯が着信音を響かせる。
聞き慣れたメロディーに出る前から相手が判り、難問からの解放感も相まって良の頬は弛んだ。

「もしもし、伯王?」

「氷村。これから昼、出てこられるか?」

嬉々として電話に出た良の耳に届いたのは予想どおりの相手の声。
伯王の言葉に時計を見ると時刻は11:40。課題も終わったところだしと、大丈夫と返事をした良に、「じゃあこれから迎えにいくから」とだけ伝えた伯王との通話はそこで終わる。
何だろう? と不思議に思いながら寮の玄関を出ると、丁度伯王が到着したところだった。
すぐに良に気付いた伯王が小走りで近付き良の手を取ると、行くぞと歩き出す。
どこに行くのかと問いかけた良に「すぐ近くだ」と答えた伯王の言葉どおり、到着した場所は学校のいつもの昼食場所。
そこには数種類のピザが用意されていた。

「う…わぁv どうしたのこれ?!」

「ご主人のために用意したんだよな」

「全部手作りでね」

驚きと喜びにぱあぁと明るい顔をして伯王を仰ぎ見た良の問いに答えたのは、いつの間にか2人の背後に現われた隼人と庵だった。

「全部手作りって…もしかして伯王が作ったのっ?!」

「…昨日食べたいって言っていただろ」

大きな瞳をさらに大きくして伯王を見る。
伯王は正面からの良の視線を受け止められず、顔を背けながらボソっと答えた。
その頬がわずかに赤くなっているのを見た良の頬もつられるように赤くなる。
思わず俯いた良の視線は自然とピザに向けられ、その中でも昨日自分が言ったアスパラのピザに釘付けになった。

「美味しそう〜…v」

良の呟きを聞いた伯王に促されて席に着いた良が、いただきますっ! と両手を合わせて嬉しそうに食前の挨拶をしてからピザを頬張る。

「んん〜美味しいっv ありがとう伯王!」

いつもの…否、いつも以上の笑顔を浮かべて伯王にお礼を言う良。
伯王も微笑みながら「大したことじゃない」と返してピザに手を伸ばした。
昨日良が言っていたアスパラのピザ。
苦手な野菜がふんだんに盛り付けられているそれは、良の好物だというだけで伯王の口に運ばれ、不思議なことに嫌悪感を抱かずにするりと咽喉を通っていった。

「僕からも氷村さんにお礼を言わなくちゃね」

「え?」

「お陰で伯王に野菜を食べさせるのが楽になったよ」

にっこりと言いのけた庵の科白に、途端に伯王が不機嫌になった。
拗ねたような表情をしている伯王を見た良はくすくすと笑い出し、別のピザを取ってぱくりと頬張る。

「――…贅沢なデリバリーだなぁ〜」

味はもちろんのこと、自分のために手作りまでして用意してくれたという気持ちが嬉しくて、なんて贅沢なんだろうと呟いた。
目の前には、さらに野菜ののったピザを食べさせようとしている庵と加勢する隼人。そしてそれを突っぱねる伯王。
いつものように賑やかで楽しい昼食は、いつもより幸せな気持ちで一杯だった。


end.(2010.07.10)

――――――――――

『執事様』は4人がほのほのしているのが好きです^^
料理指導はもちろん庵。
隼人は…味見? いや、失敗作処理係だろうな(笑)
お粗末さまでございました〜…鷹羽


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