捧物

□ニコチアナ/一人が好きだと言い張って、(7月8日)
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白陽国の若き国王、珀 黎翔。

即位後の国内乱を瞬く間に制圧し、前王時代に家臣に奪われていた実権を取り戻すなど、名実共に中央政治を掌握した彼は、その冷酷非情さから人々から“狼陛下”と恐れられていた。

その狼陛下の寵愛を一身に受ける妃、汀 夕鈴。

国王の唯一の花嫁である彼女はその実、ただの臨時花嫁(バイト)であるのだが、事実を知る者は限られている。
いくら黎翔が非情で恐れられてはいても、その治世は確固たるものではない。さらに、先の王の世に荒れ果てた結果の財政難もあって、維持に膨大な費用がかかる後宮をもたない…つまりは縁談を断るため――実際は“狼陛下”が周囲へのはったりだと知られないようにするため――と、不穏分子を炙りだすために雇われた偽りの花嫁。それが夕鈴の役職だった。

だが、偽りであろうとも夕鈴がただ一人の妃であることは周知の事実であり、黎翔自身も「妃は夕鈴一人で充分」と公言して憚らない。
眼光の鋭さで相手を屈服させられるほどの狼陛下だが、その瞳が和らぐときがあり、それは例外なく彼の妃が隣にいるときだった。
後宮の侍女の前ではもちろん、臣下の前で演じられる仲睦まじい姿は、執務室まで連れてくるほどの寵愛を感じさせ、また、容易に信じられるものであったため、国内外に知れ渡っている“冷酷非情な狼陛下”は、実はかなりの愛妻家でもあると…新たに広まりつつあった――



「…陛下、ほどほどになさってくださいよ?」

「――。…何が?」

側近の言葉に、すぅっと目を細めて問い返した黎翔は、口許にわずかに笑みを浮かべて部下の真意を探ろうと相手の瞳をじぃっと見つめた。
狼な部分も子犬な部分も、どちらも黎翔の本性であると知っている李順でさえも、狼が恐ろしくないわけではない。
思わず背筋を伸ばした李順は、青ざめながらも言うべき事を伝える。

「彼女は“帰る人”です。確かに縁談を断るには、妃は一人でいいと明言しておくのは有効ですが『夕鈴以外は不要』とまでは言う必要は…っ」

「有効ならいいじゃないか。まだ夕鈴がバイトを辞めるわけじゃないし、後任がいるわけでもない。…例えいたとしても長続きはしないだろうしな。それにずっと狼でいるのは疲れるんだ」

黎翔はそう言うと、先日隣国より贈られてきた長煙管を手に取りゆっくりと燻らした。
隣国の名産でもあるそれは献上品として贈られてきたもので、当然のことながら最上級品であった。
が、普段から喫煙の習慣がない黎翔には苦味だけがやけに強く感じられて、吸えなくはないが早々にその火を落とした。
ただ、苦味からは想像できないほど煙と共に放たれた香りは甘いもので、香(こう)として利用できないかと考えた黎翔は、早速夕鈴の待つ部屋へ向かおうと席を立つ。

「陛下っ…」

話はまだ終わっていないと言いたげな李順に一瞥をくれると、冷気を孕んだ声音で先手を打った。

「李順、“私が”夕鈴がいいと言っているんだ。唯一の妃が夕鈴では駄目な理由はどこにある?」

「っ…で、ですからっ彼女は臨時です。それを…お忘れなきよう…」

李順とて夕鈴を認めていないわけではない。
彼女は仕事振りは真面目だし、危なっかしくはあるがその裏表のない性格から信用に足る人物だと思う。
だからこそ間に合ううちに逃がしてやるのが、彼女のためだと思うのだ。

しかしもう手遅れなのかもしれない。
恐ろしい狼も、子供のうちは子犬と大差はない。
子犬と思って近づいたのに実は狼でしたなんて、夕鈴にしてみれば堪ったものじゃないだろうが、子犬と狼の両面をもつ黎翔は、子犬の姿で夕鈴、狼の姿で他の周囲の包囲をじわじわと狭めていきつつあった。
気付いたときには逃げ道は残ってはいないだろう…自分も含めて。
嬉々として後宮へ向かう黎翔の後姿を見送りながら、李順は遠くない未来に増えるであろう自分の仕事を思って深い溜め息をついた。


端から獲物を逃す気がなかった狼陛下の作戦が成功し、一羽の兎が狼の手の内に捕らえられるのはもう少し先のこと…


end.(2010.07.08)

*****

初『狼陛下の花嫁』です。
「ニコチアナ」から安易に陛下に喫煙させてみましたが、ニコチアナから煙草は出来ません(爆)←捏造すぎるw
…お粗末さまでした(汗) 鷹羽


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