宝物
□Alabaster(2010.05.09)
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「鮎沢さん、少しでいいんだけど、時間あるかな?」
「え?ああ、はい。構いませんけど……?」
放課後の見回り中に、廊下で美術部の三年生女子に呼び止められて向かった先は、当然の如く美術室。
「新しい胸像彫刻が届いて、先生がここまで運んでくれたんだけど…」
そう云って美術室隣の準備室のドアを開くと、ドーンと云う感じに教員用の机の上に、胸像彫刻が鎮座していた。
「……デカッ」
思わず、漏れた言葉に先輩が「でしょ?」と笑う。
「どうせなら、そこの棚に置いて行ってくれたら良かったのに、先生ここに置いてっちゃったの。さすがに私1人じゃ無理だし」
「他の部員……は、もう帰ってますよね……」
時計を見れば、部活終了時間は過ぎている。
「ええ……私は用があって残っていたんだけど……」
「わかりました、そこの棚ですね?」
「あっ!待って鮎沢さん!1人じゃ無理…っ」
「え?うわっ!」
お、重っ!
慌てて反対側から彫刻を支えてくれた先輩のお陰で押し潰されずに済んだ。
「お、重いでしょ?見た目より結構重いのよ、コレ…」
「す…すみません…」
先輩とバランスを取りながら、棚の空いている場所へ慎重に彫刻を置いた。
「もっと軽いものもあるんだけどね……でもやっぱりそういうのとは質感とかも変わってしまうし。美術部の予算、見直して貰えたお陰でこれを入れてもらえたの。有難う、鮎沢さん」
「い、いえ、そんな…!」
手伝って貰っちゃったけどね、と先輩が悪戯っ子のように笑った。
……お礼を云われるような事は別にしていない。
前期の生徒会の管理が、あまり良いとは云える物ではなかったのが原因だった。
だから、部予算やら何やらを徹底的に見直しただけだ。
結果的に余裕が出来た部がある反面、逆に予算が少なくなってしまった部だってある。
だから、お礼を云われても困ってしまう。
思わず息をついた時、ふと目を向けた他の彫刻のひとつに目が止まった。
その首筋から鎖骨……そして肩からのライン。
均整がとれた、筋肉の流れが綺麗で……思わず手を伸ばしていた。
「その彫刻、気に入った?」
「え?うわわ」
うっかり彫刻の肩の部分に触れていた手を慌てて引いた。
「綺麗だよね〜筋肉の付き方とか理想的で。でも現実だとそういう体の人間てなかなかいないのよね……この学校の男子は筋肉らしい筋肉なんてついてないし、貧弱なのよねぇ…」
先輩の彫刻に対する語り方が、どこかさつきさんの萌えトークに似ている感じがして、顔がほころぶ。
でも……
私はこの彫刻像の体が、よく知る人間と似ている気がしていた。
思わず手を伸ばしてしまったのも、それが原因。
先輩が云うところの……『理想的』な体躯と、整った容貌……『完璧』という言葉が似合っている男を、私は知っている。
いつでも彫刻見に来て、なんて云われながら美術室を後にし、見回りを再開する。
手には、ひんやりとした雪華石膏の滑らかな感触が未だ残る。
それを消すが為に力を込めて握り締めて、歩を進めていく。
あと数メートル。
生徒会室まで、あと数歩。
いつも見回る校内を、酷く広く感じながら、ようやく回りきり生徒会室へと辿り着く。
扉を開くと夕日を背にした、理想的な体躯と整った容貌の、周囲が『完璧』と騒ぐ男が文庫本のページを繰っていた。
「今日はずいぶん時間掛かったみたいだね、見回り」
「……ちょっと手伝い事をしていたんだ……お前こそ何ここで寛いでる。さっさと……帰れ」
「……どうしたの?」
文庫本を閉じて近付いてくる。
表情は、何故かよく見えない。
「何がだ」
「なんだか、苦しそうだ……気分でも……」
近付いてきて、顔を覗き込むように身を屈める男のネクタイを掴んで……グイッと力任せに引いた。
「ちょっ……!」
突然の事に、バランスを崩した男の体を抱き留めるように背中へと腕を回した。
薄いシャツの上からでも判る、無駄のない均整のとれた体。
……シャツのボタンを外し、その肌に触れたい衝動に駆られる。
その肌は男のクセに、まるで雪華石膏のように滑らかだという事も、私は知っている。
「鮎沢……?」
頬を寄せる胸から、心臓の鼓動が聞こえる。
それはいつも飄々と私を惑わす男のソレよりも、ずっとずっと速くて。
その鼓動に同調し、共鳴するかのように私の鼓動も速くなる。
……私は、仮にもこの学校の生徒会長で。
ここは、生徒会室で。
ここは、学校。
たまらない気持ちで、溜息をつく。
理性が、焼き切れてしまいそうだ。
だから、ほんの一欠片になってしまった、なけなしの理性で告げた。
「……碓氷、私を…早くここから連れ出せ」
「え……?」
「……早く、お前の部屋に連れて行け」
顔をあげて、碓氷の目を見る。
見る見る目を見開き、そしてスッと目を細めると「了解」と唇を歪めて笑った。
早く、早くだ。
そうして、私の前でその体を晒して。
……fin.
20100508