捧物

□ベロペロネ/まるで現代版一休さん(7月30日)
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「あれ?」

休憩のためにいつものように夕鈴の部屋を訪れた黎翔は、普段とは違う妃の髪型を目にして疑問を口にした。
いつもはサイドの髪を後頭部の頭上近くで纏め2つに分けて結い上げているのだが、今日はいくつかの編み込みが最終的にはひとつに纏めて編まれている。
飾られている花簪もその数を増やされ華やかさを増していた。

「そういう髪型も似合うねv でもどうしたの?」

「いつも花を取ってきてくれる女官さんが、今日は持ってくる途中で落としてダメにしてしまったそうで…別の人が代わりのものを取ってくる間、お詫びにってことで色々弄られたんです…」

あれはもはやお詫びではなくてただやりたかっただけじゃないかと思うのですが…と溜め息混じりで呟く夕鈴だったが、その表情から満更でもないようだった。
借金返済に追われ、節約質素をモットーとする夕鈴だが、着飾ることに興味がないわけではない。年頃の娘らしくお洒落したいときもあるし、褒められれば嬉しいものだ。そんな夕鈴の姿を見た黎翔もつられるように顔を綻ばせる。
そして何かを思い付いた彼は、お茶を煎れようと準備を始めた夕鈴の手を取って、部屋の外へと連れ出した。

「へ、陛下どこへ行くんですか?!」

困惑気味に問う夕鈴の声にも黎翔は「いいからいいから」と取り合わない。そうして暫らく歩いて着いた場所は、後宮の庭でもかなり奥にある小高い丘のようになっている場所だった。
樹齢が何十年、もしかしたら百年単位かもしれないと思わせるほど立派な幹を持つ樹々に囲まれたその丘は小さな池が傍にあった。
程よく手入れされた後宮の庭に設えられている池は人工的に造られたもので、今まで夕鈴が見てきたものも例外ではない。しかし今目の前にある池はそういった感じが全くなく逆に違和感を感じる。訊けばここは湧き水の出る場所で、自然に水が溜まり池になったのだという。だからここら一帯は手入れをしないようにしているのだそうだ。

「ここはね〜僕のお気に入り昼寝スポットなんだ〜♪」

何故か嬉しそうに堂々とサボリ場所を告白した黎翔の台詞に、益々連れて来られた理由が判らない夕鈴は「はぁ…?」と首を傾げる。

「今日の夕鈴の髪型に似た花があったの思い出してね」

キョロキョロと辺りを見回した黎翔が「ほら、あれ」と指差した先には、緑の葉のなかに柔らかい黄色が連なった花があった。

「ああ、小海老草ですね。確かに似てますよね」

「小海老草っていうの?」

「はい。この連なっている部分が海老に似ているからって聞いたことがあります。ここにあるのは黄色ですけれど、赤いのもあるんですよ。そっちのほうがより海老っぽいですね」

夕鈴の言葉にへぇ〜と返した時、水面を渡ってきた風が涼を運んできた。
木陰で受ける風は暑くなっていく今の時期の気温を忘れるほど心地よく、自然と笑んだ表情になる。それは夕鈴も同じで、気持ちよさ気に風に当たっていた。

「今日の休憩はここでしよう」

言いながら近くの樹の根本に夕鈴を誘導して座らせる。自分も隣に座ると風で波打つ水面を見つめた。

「お茶もないですけど…いいんですか?」

「たまにはこんな休憩時間もいいんじゃない? 気持ちいいしv」

遠慮がちに問い掛ける夕鈴の声にほにゃんと笑って答えると「それもそうですね」と笑顔で返された。
咄嗟の思い付きで連れて来たのだったが、思いのほか好評でほっとする。
ここは確かに気に入っていたサボリ場所だったのだが、夕鈴が来てからは彼女の部屋でのお茶の時間が楽しくて来なくなっていた。
だが、たまにはまた来てみよう。夕鈴を連れて。
なにしろここは滅多にヒトが来ない場所だから…ね。
心の中で次のチャンスを考えていた黎翔は、左肩にかかる重みに気付いて思考の世界から戻る。見ると夕鈴が肩に凭れかかって眠っていた。
安心しきったような寝顔に、ふっと笑みを零すと黎翔も目を閉じる。

心地よい風と夕鈴の重みを感じる、穏やかな休憩時間はゆっくりと過ぎていった。


end.(2010.07.30)

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“一休さん=トンチ”は全く思いつかず(笑)
もう1つの“ひと休み、ひと休み”をテーマにしてみたのですが…不発ですね(泣)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
書く機会をくださった夏穂さまもありがとうございました!
そして最後までご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした…(平謝)


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