一学期

□暑い
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キュッキュッとシューズと床がこすれる音とダムダムと言うボールがはねる音。
そして大歓声!

「いけっ!とらいっはやくー!」
「とらいって競技変わってますよ」
「あぁそうか!」

体育館の二階ギャラリーから見ていた僕は隣で見ていた河合につっこまれてしまった。
今日は夏休み前日の学校行事である球技大会なんだ。
全学年がこぞってバレーかバスケットで優勝を争っている。
チームは先生を含めて先生と男女半分ずつになるように編成しなくちゃいけない。
芭蕉先生が悪い訳じゃないけど、僕たちはすぐに負けてしまって、応援に徹してるんだ。
「でも、元々小野君は不参加ですからね、長く休めて良かったじゃないですか」
河合はテーピングされた僕の右足を見てそう言った。
まだ僕の足は完治してなくて、運動は控えないといけないんだ。

「あ!見てみて!太子と大王が戦ってる!」

ある意味注目の対決だった。
仲が悪かった?と思われる太子と大王が向き合っている。


ドリブルをしているのは太子だった。

「車登校のお坊ちゃんが、やってけんの?」
「たばこすって学校さぼってた若かりしオッサンが若者の体力に勝てるわけ無い!」

って言うか体力の話をしてる時点でオッサンじゃないかと思うのは…僕だけではなさそうだった。
河合も馬鹿らしいとつぶやいている。

「前に殴られた借り返してやるからな!」
「ふぅん。…あっ鬼男」

ありきたりな展開だったが、太子が僕に向かって鬼男と言い視線を送った。いや、実際は聞こえてないけど、モノローグだから勘弁してね。
そう言うと大王には効果覿面で、えっ!と顔を赤くしながら僕を見た瞬間に、横を通り過ぎ、ひょろっこい長身を生かしてリングにボールを叩き込んだ。

ギシギシとゴールポストが揺れて、太子はコートに着地し、ボールを指先でくるくる回しながらニヤリと笑っていた。
あまりにも太子が予想外の動きを見せたので、コートがしん…と静まり返り、すげぇ!何今の!?と大歓声が上がった。

てか。太子やっぱり凄い!
勉強も見た目(は惚れた弱みかな?)もスポーツも、どうしてこんなに完璧にこなせるんだろう?僕の中の憧れた心がぶわっと体中を吹き上がって、毛が逆立った。

「反則!妹ちゃんじゃねーか!!」
「怒るとこ違うだろ!!」


太子からボールを奪い取った大王が中指を立て攻め寄れば、コート横のギャラリーに紛れていた鬼男君が持っていたバレーボールを投げつけていた。

「あぁ!鬼男!生足良いね!」

早速フリーダムっぷりを発揮する大王はまだ試合中だと言うのにコートを飛び出し、鬼男君を連れて行ってしまった。

つか何だ。
生足良いねって変態じゃねーか

「えー…閻魔が抜けるなら、私も妹子のとこ行くし。チェンジチェンジ。」

チェンジって…クラスメートも、ギャラリーも、審判も見ていた全員が唖然とする中、飄々とコートを抜けてしまった。
僕たちは二階のギャラリーから下に降りて、太子と階段で鉢合わせた。

「あ、太子!何でコート抜けちゃったんですか?ふつうは最後までやるでしょ」
「閻魔が抜けたからさー試合やら無くても良いかなぁって。あ!それより閻魔たち呼んでうちに来ない?今日はもう帰れるでしょう?」

試合が終わったクラスは実は帰っても良いことになっていて、僕も河合も帰ることができるんだ。

「後からお邪魔します。僕は芭蕉さんが校務を終えるのを待ちますから。」

「ん、そっか!夜はうちでご飯作るから、食べちゃ駄目だからなー」
太子はそう言うと僕の腕を引っ張った。
「妹子、買い物に行こう!」
「あ!はい!!着替えますから、先に待ってて下さい」
「いや、また何かあると嫌だから私も行く」
「心配性なんだから」
「今日は生徒が自由に行き来出来るから、生徒に紛れてるかもしれないし。私も完璧に生徒は覚えていても人が入り乱れると判断が鈍くなるし」

途中で事務室に寄り、教室の鍵を取って行こうと思ったが、太子がマスターキーを持っていたのでその必要が無くなった。
「うーん…私も着替えたいな。あ、理事長室で着替えよう!私の着替え置いてるから!」
「良いですよ。荷物は纏まってるんで行きましょうか」

何だか着替えまでに移動が多いけど、仕方ないか。
そんなこんなで一階にある理事室。

太子が鍵を開けようとしたときだった。

「鍵が開いてるな…?妹子開けた?」
「開けられるわけ無いでしょう。触っても居ないのに」
「いや、念力で」
「アホですか。それよりも太子、中に入るなら気をつけてくださいよ。泥棒かもしれないんだから」
「任せろ。太子の48あるボディアタックをお見舞いしてやるさ」
「ん…まってください。何か、声が聞こえる」


鍵が開いていた理事室のドアノブを拈り、そっと戸を開いた。
中からは何だか声を押し殺したような呼吸と、ギシギシと言う何かが軋む音が聞こえている。
僕達は不思議に思い、思わず顔を見合わせた。

「ッアァ!…おぉ…きみ…!!」

喘いでる!?てか僕まで恥ずかしくなってきた。
太子はそっとドアを閉めると鍵をかけた。

「まさか今使われるなんて思わなかった」
「えぇっ!?今の誰だったんですか!?」
「閻魔と鬼男だよ。閻魔にここの鍵を貸してあげてたの。」

今のが鬼男君!?何だか見ちゃいけないものに触れてしまった気がする。

「て言うか何で貸してんですか」
「何でって今の見たでしょ?そのつもりで。使用料は理事室の完全な清掃。」
「何だかもう、あの二人所かまわずって感じですね」
「閻魔が変態だからね。仕方ないさ」
「そ、そうですね」

そんな問題では無さそうだが、仕方ないか。今度この話でいじってやろう。
理事室も使えないし教室に戻るのも億劫だから校舎内での着替えは諦め、僕たちは太子の車に乗り込み、中で着替えることになった。
太子は相変わらず青いジャージだけど。
制服は?って聞いたら、車運転するのに不都合だからって言われた。
制服で運転すると警察に止められるらしい。車盗んだの?って勘違いされるんだとさ。
迷惑な話だけど、制服で車を運転するときは諦めてるって。

「じゃぁマンションの近くにあるスーパーにしゅっぱーつ!」

と、太子はハイテンションで車を発進させた。
この前太子は生まれて初めてスーパーに行ったらしい。カートを押しながら買い物するのが楽しかったらしく、その日以降意味もなく大量買いもしてくるようになった。
沢山食材が余るのは困るけど、太子が凄く楽しそうにカートを押すのを見ていると、何だか子供みたいで微笑ましかった。

今日はいったい何を買い込むのかな?
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