一学期
□バイト
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さて、翌朝の日曜日。僕と太子はオタクが集まると名高い繁華街に来ていた。
まぁ、呼び名はどうあれ、企業のビルも多いので太子の会社関係で連れてこられたんだろうなと思った。が。
「ここだ」
太子が僕を連れてきた場所は。
「メイド喫茶Anima」
「帰ってい良いですか?」
とりあえず、僕は太子に冷たい視線を浴びせて踵を返す。
「チョット待ってよ〜」
太子は必死に腕をのばして僕の肩を掴み、引きとめた。
だってオタク臭いよ。
なんかすでに動物の耳をつけたオタクの方々がオープン前のその店の前に並んでいた。
御熱心な事で。きっとメイドに扮した女の子たちに会いに来てるんだろうな。
僕が物珍しげに彼らを見ていると、太子は列を追い越し、中に入って行った。
アンティーク調のドアを開け、再び内側から鍵をかけると階段を上って行く。
階段の両壁には黒いワイヤーで柵のようなデザインが施されていた。
階段は未だ暗いが、ふわふわしたクラシックがかかっていた。でもクラシック調のアニメソングだと太子が言った。
「っていうか、太子ってこんな趣味があったんですか?」
「馬鹿を言うな。私は妹子にしか興味がない」
「仕事にも興味を持ってください」
中に入るとボックス席ばかりで、何て言うか、ドラマとかで見たことあるキャバクラみたいな感じだった。
「竹中さーん」
店の入り口にあるスタッフルームの中に入りながら声をかける。
竹中さんってあれか?前、折り紙で折っていたフィッシュ竹中さんか?
「あ、太子!」
奥から出てきたのは後頭部が魚になっているイケメンのお兄さんだった。
「え?てか魚?え?」
僕が混乱していると、太子は僕を彼の前に背中を押して差し出した。
「彼はこの店の店長のフィッシュ竹中さん」
「君が小野イナフだね」
「イナフ!?ちょっと!?」
「あれ?男の子??」
竹中さんは僕を見つめてびっくりしたように目を見開いた。
「言わなかったけ?ここのボーイで雇ってって」
「いや、名前が女の子だったからメイドかと思って。こっちの制服用意しちゃったよ」
「イナフって名前の女の子はいないでしょう」
僕の突っ込みも流し、彼が取り出したのはハンガーにかけられた和服だった。エビ色の矢絣模様の着物に白いレースのエプロンとお揃いのヘッドドレス。
大正的な空気が出ている。
「!!!竹中さん!グッジョブだよ!ナイス勘違いだよ」
「太子!!!?」
その制服を見た太子はキラキラした瞳でそれを受け取ると僕の体に当てて見せた。
「え。てか女装しろってことですか?嫌ですよ」
「でもイナフならとても似合うね。きっと違和感ないよ」
竹中さんも顎の下に手を置いてまんざらでもなさそうに僕をみた。
「ちょっと着替えてみてよ。まだオープンまで時間もあるし。」
「えぇ。てかなんでメイド喫茶でバイトなんですか?」
「ここ、私の会社の一部だからね。竹中さんは私のこと何でも知ってるし、私達の事も知ってるし」
そう言われて僕はポッと頬が赤くなるのがわかった。仲間内にならともかく初めて会う人に僕たちのことが知られてるなんて。
「まぁ、まぁ。ほら着てみんしゃーい。上司命令」
「わかった。わかりましたから」
しつこい太子に折れた僕は言われるままに着物に袖を通し、ふりふりのエプロンとヘッドドレスを着けて竹中さんに犬の耳をつけられた。
いやいや、僕はもう心がいっぱいで何が何だか分からなくてただひたすら引いていた。
いったい何なんだここは。
何で僕はこんなところで働いているんだ。
どうしてメイドとして2週間も働いているんだ!!!
ネットとかで見るorzってよくわかる。今の僕もそんな心情だ。
学校で茫然として机に伏していると、教室の入口から「ポテコちゃーん」と呼ばれて
「はぁい」
と、高い声を出して愛想笑いを浮かべてかたまった。
ここは学校だ。
クラスメートが僕に釘づけになった。
そこでくすくす笑いながらやって来たのは太子と大王だった。
「うわぁ。本当だ」
「ちょっと〜〜〜!!!やめてくださいよ!思わず返事返しちゃったじゃないですか!!!」
「だって妹ちゃんったら何のバイトしてるか全然教えてくれないんだもん。太子捕まえて問いただしちゃったよ」
僕がワタワタしながら教室の入り口に駆け寄り二人を教室から遠ざけるように廊下の壁に追いやった。
そこで一緒に来ていた鬼男君に何事かとやってきた河合。あぁ。結局知られる羽目になるのか。
僕は頭が真っ白になった。
お昼休みだったので、僕たちは食堂に移動して話をすることになった。
太子の会社が経営しているメイド喫茶anima。
animaの名前がつくのはanimalからだって。その名の通り、僕たちメイド(あぁ、不本意…)は動物の耳をつけている。見た目判断で和服といわゆるメイド服を着ている二種類の制服のメイドさんがいるんだ。
僕は犬耳だけど、ニャンミちゃんとかウサミちゃんとかパオミちゃんとかいっぱいいます。みんな年上だけど。
「なんでポテコ?」
「そりゃ妹子だからにきまってる芋」
「ぶっ殺すぞ」
河合が持った疑問に素早く答えた太子に毒をかける僕。
あぁ、もう嫌だ。何で僕がこんな目に…
「なぁ、今度行こうぜ。ポテコを見に。」
「ムカつく。倒置法もムカつく」
大王がホントに楽しそうにそう言った。これは来るんだろうな。あぁ…来るな!!。
「でも、やめないのは、結構楽しいからなんでしょう?」
相変わらず無表情の河合に言われれば僕は言葉に詰まった。
そうなんだ。なんて言うか、楽しいんだよ。
僕って誰かの世話を焼くのが好きな性格らしくて。
河合の瞳には嘘がつけない。っていうか河合に嘘なんて付けないよ。今まで河合と鬼男君は何も言いたくない僕に気を使ってくれて何も聞いてこなかったけど、ここまでくれば離さないわけにはいかないな。
「うん。楽しいよ。」
「妹子の性格にぴったりだろ?」
太子がそう言えば、みんな納得したように大きくうなずいた。
「妹子、面倒見とかいいもんね」
みんな結構僕の性格見てるんだね。なんて、改めて思わされた。
「妹子は誰かの面倒見たりするのが上手だし、話も聞き上手だし、他の男と話すのは気にくわないけど仕方ないよね。あ、妹子の写メあるよー」
「み、見せるな!やめろ!!」
携帯を開こうとするので、僕は思わずその携帯を奪い取った。
太子の画面に設定されているのはメイドをやってる僕の姿だから。しかもちょっと…アレな感じの。太子とちょっといろいろやってみてしまった時の写真。
あぁ!もう恥ずかしい!!
「まぁ、実際見るまでお預けしておくよ。な?鬼男?」
「僕は着ませんよ」
たぶん鬼男君は僕の話を聞いて違う方に危険を感じたんだろう。全く違う答えをして見せた。
この二人は基本的にコスプレしてセックスしてるみたいだし。あんま想像したくないかも…。
「では、今日早速行きますか。日月がバイト休みでしたよね」
「ちくしょう。余計な事ばかり覚えていやがる」
河合がそう言ったので、今日の放課後、僕は彼らとともに店に行くことになったのでした。
僕達はお客さんに私服を見せて夢を壊さないように店に入る時は裏口から入っていく。
そんなわけで僕は裏口へ、太子達はぞろぞろと男4人で表入口から入って行った。
大王とかは大興奮だ。変態だから。
「えー!可愛い!俺も着たい」
「着るな!」
そんな話をしながら階段をあがり、店内へ入ってきたみたいだ。
裏口から更衣室に入った僕は表の様子に聞き耳を立てながら着替えをした。
入口ではニャンミちゃんとうさみちゃんが「おかえりなさいませご主人さま」と声をそろえて出迎えている。
着物を着つけ、エプロンをし、ヘッドドレスは顎の下で結び喉を隠した。そして耳。この耳をつける時だけが気が重くなる。
大きな鏡で全身を整えて、化粧品に手を伸ばした。
肌を少し白目に塗り、赤を基調にしたアイシャドウとチークとリップ。
店長に言われて化粧をすることにまでなったんだ。そのかわりバイト代は高く出してくれるって。
そんなわけで僕は準備を整えて店に出ることになった。