DRRR! !【外伝】
□ブラッディ・フレーバー
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ピンセットの先には消毒液を含ませた脱脂綿。
その独特な香りが嗅覚を刺激する。
放課後の保健室。
先生は職員会議中のようで、姿は見えない。
「いったそー」
他人事のように呟くと、目の前でベットに腰掛けた臨也が小さく息を吐いた。
「普通は、大丈夫?とか心配したよ、とか可愛らしい言葉を掛けるもんだよ。恋人ならさ」
「自業自得でしょ。シズちゃんが怒るのも無理ないよ」
また恒例の大喧嘩を繰り広げた臨也とシズちゃん。
いつもはその逃げ足でシズちゃんを振り切る臨也が、今日は珍しく、その制裁を受けていた。
まあ、あのシズちゃん相手にこの程度の怪我で済んだのは逆に凄いと思うけど。
これまで何度も臨也の悪巧みに巻き込まれているシズちゃんの事を思えば、たまにこれくらい痛い目見たって罰は当たらない。
私が未だ血が乾いていない傷口に消毒を施すと、それまで涼しい顔をしていた臨也が僅かに眉をよせる。
「いい気味」
「やれやれ。君はシズちゃんの肩を持つのかい?
残念だよ。そろそろ俺に惚れてくれても良い頃だと思ったんだけどさ」
自己陶酔甚だしい台詞を、なんの恥ずかしげもなく彼が言う。
もちろん、そこに本心は含まれない。
言ってしまえば、恋人ごっこ。
彼は私に告白し、私はそれを二つ返事で引き受けた。
上辺だけでも付き合い始めてから早5ヶ月。お互い、そこに恋愛感情はない。
その証拠に、恋人同士がするような行為―手を繋いだり、抱き合ったり、キスしたり…
そういった色気のある事は一切していない。
もとからする気も無いのか、私に興味がないのか。
彼は一向に手を出してくる様子はない。
別に期待している訳では無いけれど、少し心配にもなってくる。
私、女としての魅力がないのかな…?
それとも、彼に健全な高校生男子としての何かが欠けているのか。
「惚れるも何も。そういう関係じゃないでしょ?」
頬の傷に絆創膏を貼りながら私が言うと、「そうだっけ?」と臨也が興味なさ気に呟いた。
そして何時もの台詞を吐く。
「俺は君を愛しているけどね」
「その後ろには、『他の人間達と平等に』って言葉が続くんでしょ?」
「おや、よく分かったね」
「聞き飽きたよ」
消毒に使っていた道具を片づけながら言う私に、彼はただ笑ってみせた。
「それじゃあ聞くけど、他人を愛せないって言う君が思い描く恋人像ってどんな物かな?」
唐突に投げ掛けられた質問に、私は一瞬言葉を失くす。
…どんな物って言われても。
これまで誰かと付き合ったことなどないし、恋愛における知識はクラスの女子たちの会話やドラマや小説なんかから得た物しかない。
「えっと…」
「質問が難しかった?じゃあ、もっと簡単な訊き方にしようか。
例えば、君の中ではドコからが恋人になるのかな。
手を繋いだら?抱き合ったら?それともキスしたら?」
言葉を詰まらせる私に見かねてか、臨也は具体例を挙げてきた。
手を繋いだら…は簡単すぎる気がする。
幼い頃、よくシズちゃんと手を繋いで歩いたことを思い出した。
これは友達同士でもするんじゃないかな。
「うーん…行為というよりは、気持ちの問題な気がする…」
「気持ちねえ。確かに。
愛情なんかなくたって、カラダ目的で付き合う奴もいるからね。
ああ、でもその場合って、女の子の方は相手に本気で惚れちゃってたりするのかな?」
私の答えを聞いた臨也は、意外にも真面目に自分の見解を示して見せた。
さすが人間愛を公言しているだけあって、こういう人間の内面的な部分に関する話題は好きなんだろうか。
「それは、分からないけど…。でも、まあ、相手を抱き締めるのは、友人同士でする事もあるけど、愛情表現の一つなんじゃないかな…」
「ふーん、なるほどね。じゃあ、抱き合う所からが姫乃にとっての恋人同士の行為って訳だ」
「…まあ、そういう事にしといて良いよ」
キレイにまとめられたので、もうそれで良いや、という気持ちになる。
だいたい感情なんてものは簡単に定義出来ないと思うし、恋人の形だって人それぞれだ。
これ以上、この会話を続けても不毛な事のように思えたし、何よりさっきから問いただされている気がして居心地も悪かった。
議論に満足した様子で口を閉じていた臨也が、おもむろに立ち上がる。
帰るのかな、と思い見上げていると、彼が口を開いた。
「立ちなよ」
「あ、うん。帰るの?」
私の問いに、彼は言葉を発する代わりに、ただにこりと微笑んだ。
それはもう綺麗に。
その楽しそうな表情を見て、何故か嫌な予感がしてしまうのは、もはや条件反射だろうか。
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