DRRR! !【連載】

□12×マリオネット
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「姫乃」


温度のない声色で姉さんが私を呼ぶ。
白いベッドの上で、こちらを見つめながら。


「約束したわよね。私の代わりに、姫乃が私の分の人生まで生きるって」
「…うん。だから私、学校の先生になったよ」
「知ってる?私ね、本当は英語教師になりたかったのよ」


その夢は知っていた。
それでも教師にならなかったのは、私の小さな抵抗か。
それとも生徒たちに興味も持てない様な私が担任なんかになったら良い迷惑だと思ったからか。

今となっては分からないけれど、臨床心理士を目指したのには理由があった。

両親の本心はそれなりに私の心にダメージを与えたようで、あの事件以来、私はどんどん他人に興味を持てなくなっていった。
誰も信じられなくなったと言うべきか。
だから、誰かを愛するなんて感情も今となっては理解できない。
そんな自分は異常だと、我ながらに気付いていた。

自分の心理的問題を解決できるのではないかと、そう思ったけれど。
心理学を学んだ所で、自分の心を理解するなど無理なのだと直ぐに分かった。


「可哀想な子。心が壊れたままじゃ、辛いでしょ?そんな子、誰も愛してなんかくれないわ。でも、私も辛い。ずっとあなたが羨ましかった。
私に無いものを全て持っているんだから。自由に動く足も、健康な体も…!私は一生、ここから動けないんだから…」


ああ、同じだ。
私が両親に愛される姉を羨んでいたように、姉も私を妬んでいた。
私が憧れた姉さんの姿は、もう此処にはない。
今は彼女に同情さえする。


「お姉ちゃん…」
「愛してる。私は姫乃を愛してるのよ?」


そう言う姉さんの瞳は何時も無表情で。
‘愛してる’と言われる度に、‘憎い’と言われているようで。


「…ねえ、あなたは父さんや母さんみたいに私を置いて行ったりしないでしょう?」


中学に入学した頃だったか。
父は外で若い女を作って家を出た。
事件以来、ヒステリーを起こす母に嫌気がさしたのだと思う。

そして、そんな母も、私が来神の高等部に入ったのを契機に家を出た。
もう義務教育を終えたのだから、あとは自分で生きて行けとでも言うようなタイミングで。


結局、両親は一生誰かの助けが無ければ生活もままならなくなった姉をも捨てた。
あんなに愛していたと言うのに。

愛情なんて、きっかけさえあれば直ぐに消えてなくなるモノなんじゃないのか…?
そうとさえ思えた。


「…うん。ずっと雛乃の傍に居るよ。私がお姉ちゃんの分を、ちゃんと生きるから」


自分に欠けてしまった感情を、雛乃の言う通りに生きる事で補ってきたのかもしれない。
それはズルイ事かもしれないけれど、とても楽だった。


「じゃあ…愛してくれる?私の為に、‘彼’の事」


‘彼’とは、彼女が慕っている折原臨也のことだろう。


「だって、私たち双子なんだから。あなたは私。だから、あなたが生きた人生は私も生きた事になる。そうでしょう…?」


懇願するように彼女が言う。
これまで、ずっとそうだった。
姉さんの望む生き方を、言われるままに続けてきた。
今までの人生で、自分で選択した道がいったいどれだけあっただろう…?


―何時まで‘彼女の操り人形’で居る気かな?

今朝の臨也の言葉を思い出す。


「分からない…」


雛乃の言葉に答えたのか、臨也の言葉に答えたのか。
ただ、口からは、そんな返答がこぼれていた。


「…もう良いわ。今日は帰って。あ、折原くんに会ったら宜しく伝えておいてね」


最後に笑った彼女の顔は、恋でもしている少女のように無邪気なものだった。



病院を後にして、宛てもなく歩く。
すっかり日が暮れ始め、春先とは言っても少し肌寒い。

頭がズキズキと痛い。

往来する車の流れを眺めていたら、何だか吸い込まれそうになった。
無意識に車道側へ一歩踏み入れると、こちらに目掛けて疾走してくる黒い影が視界に入った。

バイクかな…
ぶつかったら私は死ぬだろうか?

今にも突っ込んできそうなソレに対して、自分でも驚くくらいに冷静だった。
そのバイクは私の目の前で急停車した。
ブレーキ音やライダーからの怒鳴り声は聞こえない。
代わりに、目の前にはPDAの画面が掲げられていた。


『危なかった…姫乃ちゃんじゃないか。大丈夫?』


真っ黒なバイクのライダーは真っ黒なライダースーツを着ていて、ヘルメットのイエローだけがとても鮮やかに見えた。


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