DRRR! !【連載】

□12×マリオネット
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12×マリオネット 



「…よし。まあ、変だけど、良いよね。うん」


家電量販店に着いて、まず向かったのは女子トイレ。
鏡の中の自分の首元には、紅く残った印を隠す為にピンクや水色のテープが貼られている。
この前、シズちゃんに貼ってあげたやつだ。
ほんとは、このまま家に帰ろうかとも思ったけれど、仕方なく臨也に頼まれた買い物を続けている。


問題なく買い物も終わり、再び街に出ると昼過ぎになった事もあってか人が増えたような気がする。
軽く昼食を食べ、私の足が向かった先は来良総合病院。

ここに、姉の雛乃が入院している。

臨也に言われたからではないけれど、この頃顔を見せていなかったので、あまり気は進まないもののお見舞いに行く事にした。



「…はい。姫乃…?」


病室の扉をノックすると、中から控えめに声が返ってきた。
一つ深呼吸してから、その個室のドアを開いた。


「久しぶり。ごめんなさい、なかなか顔見せられなくて」


私を確認して、雛乃は小さく微笑む。


「姫乃は忙しいんだから、良いのよ。それに、あなたが来てくれなくても寂しくないから」
「…?そっか、なら良かった」
「折原くんがね、一週間くらい前かな?お見舞いに来てくれたの」
「えっ…」


嬉しそうに話す彼女に、私は黙ってしまった。
何で、臨也が…?


「実は、一回だけじゃないの。何度か来てくれてるのよ。姫乃?」


名前を呼ばれて、会話に意識を戻す。


「…何?」
「まだ折原くんとは仲良くしてる?」
「…連絡取ってない訳じゃないけど…」
「そう。良かった。…好きじゃないの?あの人の事。私はこんなに愛してるのに」


窓の方に目を向けながら彼女が言う。


「お姉ちゃん、だから、私…」
「分かってるわ。あなたが人を愛せないのは。だって、それは私のせいだもの」


こちらに顔を向けた姉は、静かに唇に弧を描く。
それなのに冷たい印象を受けるのは、彼女の目が笑っていないからだろう。



***


小さい頃から、姉さんは私の目標だった。
勉強もスポーツも出来て、誰からも好かれる優しいお姉ちゃん。

双子なのにどうしてこんなに違うのだろう。そう思った事もある。

でも、あの頃の私は純粋に姉に憧れていた。
ただ、体が弱い事を除けば、姉には足りないものなど無かったように思う。

当然、両親も姉の方を可愛がった。
愛してもらえなかった訳じゃない。それでも、親だって人間だ。
ただ、姉の方が私よりも多く愛されていた。それだけの事。

私も自分の境遇に不満は無かったし、体の弱い姉に両親が付きっきりになる事も仕方のない事だと納得していた。
でも、ある事件をきっかけに、全てが変わってしまった。

小学校に上がる前日、珍しく体調の良かった姉に誘われて外に遊びに出た。


「ここ、入ってみたい」

姉が立ち止まったのは、近所の工事中の建物の前。


「駄目だよ。だって、お母さんが危ないから入っちゃ駄目って言ってた」
「姫乃は弱虫だね。見た事ない場所を見てみたくないの?」


昔から、姉さんは好奇心旺盛で、たまにビックリするくらい大胆な事をした。
体の具合さえ良ければ、男の子みたいに活発な女の子だった。


「危ないよ…」
「じゃあ、姫乃は待ってていいよ」


そう言ってシートの掛けられた工事現場へ入っていく姉に私も仕方なく着いて行く。
建築途中の建物は公園の遊具みたいで楽しかった。時間も忘れて遊んでいた。

どれくらい経っただろう。
そろそろ帰ろうと言う事になり、工事現場を出ようとした時だった。
ガラン、と背後で大きな音とともに倒れたのは私たちの身長を遥かに超えた鉄のパイプだった。

連鎖反応を起こして、次々に立て掛けられたパイプが倒れてくる。
逃げなきゃ。そう思った時、後ろで声がした。


「きゃっ」
「お姉ちゃん!」


転んだ彼女の元に駆け寄った時、ちょうど私たちを目掛けて鉄のパイプが何本も倒れてきて、そこで私の意識は途切れた。



***


「どうして雛乃が…どうして…きっと姫乃が無理に連れて行ったのよっ。だって雛乃があんな危ない所に行く訳…」

「やめるんだ。…二人とも命は助かったんだから」


父さんと、母さんの声がする。

白い天井を見上げた後、包帯が巻かれた自分の腕に点滴の針が刺さっているのに気付いた。
体が痛い。
隣のベッドを覗き込むようにしている父さんと母さんの姿が見えた。


「どうせ…どうせ歩けなくなるなら…姫乃が歩けなくなれば良かったのに」


ぼんやりとする意識の中、母の声だけは何故か鮮明に私の耳に届いていた。


「おい…聞こえたらどうする」


父さんが母さんを戒めるように言う。


「そんな事、雛乃が聞いたら姫乃に同情するだろ。
雛乃は優しい子だから、辛い思いをしたら可哀想だ」


流れた涙の生温い温度が、何だかすごく気持ち悪かった。
聞いてしまった、両親の本音。
彼らは私の心配など少しもしていない。

そうか。私の事なんて、最初から見てさえいなかったんだ…

目を閉じた暗闇の中、まるで奈落の底へでも突き落された気分だった。


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