DRRR! !【連載】

□10×フレンチトースト
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***

濡れた髪を拭きながら部屋に戻ると、何やら甘い香りが漂っていた。
美味しそうな匂いに刺激されて、空腹感に気付く。

ホットケーキ?いや、ちょっと違う。

バターをこんがりと焼き上げたような匂いの正体を確かめようと室内を見渡すと、昨日私がベッド代わりにしていた黒いソファに座る臨也と目が合った。
そして彼の前のテーブルの上に目をやると、お皿が置いてある。その上に、この甘い香りの正体が乗っていた。

そうだ。この香り。
卵・牛乳・砂糖なんかを混ぜたものにパンを浸して、バターとかで焼いたやつ!


「フレンチトースト…?」


思い出した名称を口からこぼした私を見て、臨也がクスクスと笑う。


「そんなに物欲しそうな顔で見られてもね。お腹空いてるの?」
「…別に」


からかう様に言われて、思わず否定する。実際には、ものすごく腹ペコだ。
臨也が立ち上がって何処かに歩いて行ったので、私は彼が座っていた位置から少し離れた場所に腰を下ろす。
下を向いて髪を拭く事に専念しても、視界の隅にはキツネ色に焼きあがった美味しそうなトーストが入る。

早く出かけて、何か買おう…。
そんな事を考えていると、カタッとテーブルに何かがぶつかる音が聞こえた。


「コーヒーで良い?」


声の方を見上げると、いつの間にか私の傍に立っていた臨也がこちらを見下ろしている所だった。


「…うん」


反射的に答えると、彼は再びさっき歩いて行った方へと踵を返す。
その後ろ姿を見送ってからテーブルの上に視線を移すと、私の前にもトーストが乗ったお皿が一枚。
呆気にとられていると、戻ってきた臨也がドサッとソファに腰を下ろした。


「これ食べたら早く行きなよ?」


言葉とともにコーヒーのカップが差し出される。
受け取ると、臨也は前を向いて自分の食事を再開した。


「あ、ありがと。自分で作ったの?」
「たまにはね」


そう短く答えてから、カップを口元に運ぶ臨也。
少し意外だった。なんか、この人、生活感ないからな。
フォークに刺したトーストを口に運ぶと、まだ温かくてカリッとした。ほんのりと甘くて、思わず頬が緩む。


「ずいぶんと美味しそうに食べてくれるね。お腹空いてないんじゃなかった?」
「んっ…じ、じろじろ見ないでよ」


にこにこと笑いながら顔を覗き込まれて、気恥ずかしい。
まさか私の分まで作ってくれてると思わなかったし。

何か今日、優しくない…?

頭も良いし、運動も出来る。何事もスマートにこなす器用さもあるし、おまけに顔も良い。

一般論から言えば、臨也は完璧に近い人間に分類されると思う。
自分の興味や趣味に対して自由奔放すぎる性格を除けば、の話だけれど。
いくら他が優れていても、この性格は致命的な欠点だ。

―‘君のお姉さんの方は相変わらず俺を好いてくれているのかな?’

昨日の臨也の台詞を思い出す。

そう。
姉は臨也の上辺だけしか知らないから、彼の事を完璧だと思い、尊敬し慕っている。
それこそ崇拝していると言って良いほど。

最後の一切れになったフレンチトーストに手を伸ばす彼を眺めながら、そんな事を思っていた。


「難しい顔してるね。俺は観察対象としては興味深かったかな?」


こちらには目を向けないまま臨也が口を開いた。
どうやら視線に気付かれていたらしい。


「…そうね、とっても。臨床心理士として一つアドバイスさせてもらうと、少し性格改善を念頭に置いた方があなたの為だと思うけど」

「へえ、それは面白い診断結果だね。気が向いたら考えておくよ。あ、そういえばさ」


そこで初めて彼がこちらに体を向ける。何かと思っていると携帯の画面を向けられた。


「来良の生徒なんだけど、知ってるかな?」
「…っ…」


画面には来良の制服を来た男子生徒が映っている。

そして、その子に見覚えがあった。


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