DRRR! !【連載】

□09×クラッカー
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09×クラッカー


頼むから一発殴らせろ。

まだボタンの外れたままのブラウスの胸元を右手でぎゅっと掴みながら、内心で悪態を吐いていると頭の上からバサッと何かを覆い被された。


「っ…!?」


見ると、被せられたのは臨也が此処に到着した時に脱ぎ捨てたファー付きのフードが目立つ彼のコートだった。


「それ、机の横にあるハンガーに掛けておいてくれる?」
「は?」


思わず呆気にとられる私を無視して臨也はキッチンらしき方へ歩き出し、冷蔵庫から水か何かの入ったペットボトルを取り出した。
そして、そのまま飲み始める。

何か物凄く、くつろいでるんだけど…。
まぁ、ヤツの自宅なのだから別におかしい事でもないが。

仕方がないので、さっき指示された通りに彼のコートを仕事用と思しき机の近くのハンガーに掛ける。
外れたままのブラウスのボタンを掛け直していると、いつの間にか戻って来ていた臨也がパソコンの電源を入れて、すぐ近くのイスへと腰を下ろした。


「あぁ、どうして君にキスをしたかだけど」


唐突に話しだすので、一瞬、誰に向かって話しているのか分からなかった。
私が聞いているのかも確認せずに彼は話を続ける。


「ちょっと確かめておこうと思ったのさ。君の俺への感情が高校時代から少しは変わったのかどうかって事をね」

「へぇ…それで。分かったの?舌まで突っ込む必要性があったのか甚だ疑問なんだけど」

「やだなあ、怒ってるのかな?もう少し色気のある言い方をして欲しいね。それに…君も満更でもなかったように見えたけどねえ」


こちらを一瞥すると、臨也はすぐに視線を戻し、パソコン画面に何やら文字を打ち込み始めた。


「快楽原則って知ってる?人間は常に快感を求めるイキモノなの。私はあなたにキスされるのもセックスするのも嫌いじゃないって前にも言わなかったっけ?臨也の事は好きじゃないけど」

「またお得意の精神分析学の話?矛盾してると思うけどね。それに、人のことを性欲処理の道具みたい言うのはやめてくれないかな。まったく、これだから医者って奴らは物言いが率直過ぎて情緒に欠けるよ」


やれやれとでも言いたそうに臨也は肩を竦める。
「医者ではなくて臨床心理士なんだけど」、と言う台詞を心の中で呟きながら、私は窓の外を眺めていた。
もうすぐ深夜だというのに外の通りは相変わらず明るい。


「それはさて置き…君もあまり変わらないねえ、高校の時から。その様子を見ると、‘君のお姉さんの方は相変わらず俺を好いてくれているのかな?’まあ、いずれにせよ君自身にとっても、俺は‘嫌いじゃない’方に分類されているみたいで安心したけど」

「あなたには…感謝はしてる、から。利用されている事を理解した上でね」

「感謝?そんな言葉は久々に言われた気がするよ。でもまあ君が俺の仕事を手伝うのはお姉さんの治療費を稼ぐためだからね。だけど、てっきり俺は君がお姉さんを嫌っているものとばかり思ってたんだけど…違ったかな?」

「っ…私が…?」


臨也を振り返ると、全てを見透かしたような瞳がこちらに真っすぐと向けられていた。


「答えなくても構わないさ。仮に本当だったとしても俺から彼女に話す気は、今のところは無いからね」


その視線を外しながら臨也が呟いた。
彼は、気付いてる。
本当は私が姉さんを恨んでいると言う事を。


「とりあえず、俺は君に裏切られる心配が無さそうで安心したよ」


こちらには視線を向けないまま、臨也は本当に安堵したような言い方で話す。
そこで私は気付く。これは脅迫だと。
私が彼をどんな形であれ裏切ろうとすれば、私の本心を姉に打ち明けるつもりなのだ。


「…臆病者」

そんな言葉が無意識に口から零れていた。


「臆病者ねぇ。確かに。だけど、こういう仕事をしている以上、慎重すぎるくらいの方が身の為だからね。褒め言葉として受け取っておくよ」


パソコンの画面に目を向けたままで臨也が答えた。


「…もう用は済んだでしょ?そろそろ私、帰りたいんだけど」
「帰る?あぁ。何か勘違いしてるみたいだね」


臨也の言葉に耳を疑った。
この期に及んで、まだ何か…?

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