DRRR! !【連載】

□00×屋上で
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00×屋上で


「死ぬ気かい?」


屋上のフェンスを越えて空を眺める少女に、背後から声が掛かる。
台詞の内容に似つかわしくない、明るい調子で。
佇む少女は、彼の問いには答えないまま僅かに振り返った。


「新羅に告白したんだってね。その様子を見ると、呆気なくフラれたのかな」


失恋し傷心中の人間に掛ける言葉にしては、ずいぶんと配慮に欠ける物言いだ。
けれど彼にとっては、いま目の前で同級生が飛び降りようとも、逆に怖気づいて思いとどまろうとも、どちらでも構わなかった。

そんな事に興味は無い。

彼女の背中を押してやる気もないし、その手を引き寄せてやる気もない。
ただ、彼女がどんな葛藤の末に生を選ぶか死を選ぶか。
揺れ動く感情や、追い詰められた人間の表情を純粋に観察したいという思いで、彼はここに立っていた。

さあ、君はどうする?

そんな少年の思いを知るはずもない少女が、やっと口を開いた。


「小学校から、ずっと彼を見てきた。憧れて、尊敬して、いつしか彼を好きになっていた。
だって、すごいと思わない?あんなに誰かを愛せるなんて…私には出来ない」


自分は誰も愛せない。
そう思っていた彼女にとって、‘新羅’という同級生は特別だった。けれど…


「でも、彼が愛している相手。化物だった。人間でさえない相手をあそこまで愛しているなんて。狂ってる」


確かに、‘新羅’が愛している女性は少なからず普通とは異なる存在だ。
少年も内心で‘化物’という表現に同感した。

けれど、少女から吐き出された言葉に嫌悪の色は無い。
いまだ笑顔を浮かべたままの彼女に僅かな違和感を抱きながらも、少年はいつも通りに穏やかな調子で言葉を発する。


「おや。随分と諦めが早いんだね。今まで10年近くも彼を想ってきたって言うのに」
「諦める…?まさか」


彼にとっては期待外れな返答だった。
なんだ、最初から死ぬ気ないんじゃない。退屈な奴。
そう彼が心中で呟いていると、思わぬ言葉が少女から紡がれた。


「最初から私を好きになってもらおうなんて考えてもいなかったけど?」


予想外の回答に、少年は一瞬目をみはる。


「私は、あそこまで一人の存在を愛せる新羅が好きなの。しかも首のない女を。やっぱり新羅は凄いよ。あんな不完全な存在を完璧に愛しているんだから。
私はセルティを愛している新羅が好き。彼女以外を愛する彼なんて、私は認めない。だって…そんなの私の好きな新羅じゃない」


歪んでる。そう思った。
中学の頃から彼女の事を知ってはいたけれど、もっと普通の女だと思っていた。
ただ、幼馴染に恋をした少女だと。

狂ってるのは君の方じゃないのか?
そんな言葉さえ掛けたくなった。

けれど、同時に興味をそそられる。自分の予想を超える感情を抱いている彼女に。


「それじゃあ、君の恋は成就しないと思うんだけど」
「問題があるの?」


平然と答える彼女を見つめているうちに、面白い事を思いついた。


「君さあ…俺と付き合ってみない?」
「…え?」


突拍子もない少年の台詞に、さすがに少女も一瞬困惑の色を見せる。
そんな反応を楽しみつつも、彼は再び口を開いた。


「だからさ、俺なら君を愛してあげられるけど、付き合ってみる気はないかな?」


人間が好き。
人間を愛している。
彼にとって、その台詞に嘘は無い。

愛しているのが、その生態であって彼女自身ではないという事実を除けば、の話だが。

彼女自身にも興味があったが、彼がこんな事を言い出したのには、もう一つ理由があった。
高校で出会い、殺し合いを繰り広げるほどに犬猿の仲になった平和島静雄という同級生。
彼が、この少女を気に掛けている事には気付いていた。

幼馴染だからか。はたまた恋愛感情なのか。
どっちにしろ、問題は無い。
自分が彼女と付き合う事になれば、多少なりとも彼に精神的なダメージを与えられるだろう。


「副部長と…?いいよ」


ほとんど即答で返ってきた言葉に驚いた。
断るか、少なくとも悩むくらいはするだろうと思っていたからだ。


「…それは良かった。宜しくね、姫乃ちゃん?ところでさ、その呼び方なんだけど」


確かに中学校では同じ部活で彼はそんな肩書のポジションにも居た。
けれど、中学を卒業して高等部に進学しても相変わらず彼女の彼への呼称は変わらない。その理由を少年は知っていた。


「君が新羅以外の人間に全くと言っていいほど興味がなくて、関わるつもりもない事は知ってるけどさ、いい加減に覚えてくれないかな?仮にも君はたった今、俺の告白を承諾した訳だしね」
「…名前?」


少女の言葉に少年は小さく肩を竦めた。


「そう。折原臨也。君の恋人の名前だよ」


皐月の空に白い雲が流れる初夏を迎えた来神高校の屋上。

誰も愛せない少女と、人間に歪んだ愛情を抱く少年。



季節が巡り、時は流れた…


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