DRRR! !【連載】

□02×喧嘩人形
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02×喧嘩人形


来良学園を出て、池袋駅方面へと向かう。
帰宅途中の学生や若者たちが街に溢れていた。

私も学生の頃はこの辺をよく通って帰ったものだ。と言っても、母校で保険医やってんだから、今もあんまり変わらないか…。

大きな通りは人通りも多いので、私は裏通りへと入る。街の喧騒から逃れ、少し落ち着いたのも束の間、前方の通りが騒がしくなる。

そして、次の瞬間には空から自販機が降ってきた。


また派手に喧嘩してるな…。
池袋では自販機が空を飛ぶ光景はもはや珍しくない。名物と言っても良いかもしれない。


「うわぁ…!に、にげろっ…このバーテン服、コイツ平和島静雄だ…っ」


叫びながら何人かの男が私の横をすり抜ける様に駆け出して行った。成人男性がみっともなく泣きだしそうな顔をしながら。
情けない後ろ姿を見送っていると、彼らを追うようにバーテン服の男がこちらに向かってきた。


「待ちやがれ…テメェら、ブッ殺…あ」


‘平和島静雄’と呼ばれた男が私の前で標識を片手に振り上げながら立ち止まった。


「器物破損、障害罪、東京都迷惑防止条例違反…あと何があるかな?」
「お前…何やってんだ、こんなトコで」
「仕事帰り」
「ああ…お前、来良で働いてんだっけな」


私から視線を外すと、彼は胸ポケットに差していたサングラスを片手で取り出しそのまま掛けた。
手に持っていた標識は邪魔にならないよう道の端にそっと置く。


「さっきの人達、逃げちゃったね。邪魔したかな。取り立て相手だった?」
「いや、喧嘩吹っかけられただけだ」
「そ、なら良かった。じゃ、私」
「あ、時間あるか?」

そろそろ行くね、と言い掛けた所で問いかけられる。
ちらっと腕時計を見ると、待ち合わせ相手との時間まで1時間半ちょっとある。


「うーん…いいよ。時間ある」


そのまま彼に並んで歩き出した。駅方面に向かって歩き、西口公園に入る。
公園中央の噴水を眺められるベンチに腰掛け、さっき自販機で買ったジュースのフタを開けるとプシューっと炭酸の抜ける音がした。


「シズちゃんさぁ、好きだよねココ」
「ここは騒がしくないからな。…つうか、ヤメロ。その呼び方。ムカつく奴を思い出す」
「私は小学校からこうやって呼んでたけど。いいよ…じゃあ、静雄」
「なんか、それはそれで気持ち悪いな」


じゃあ、どう呼べって言うんだ。
シズちゃんとは小学校と高校が一緒だった。
小学校の頃は家が近所だったので毎日のように顔を合わせていたけれど、私が受験をしたので中学は別だった。
それを機に交流もほとんどなくなってしまっていたけれど、高校で再開し、今に至る。
タイルで覆われた園内の地面を見つめながら、学生時代の事を思い出していた。


「姉ちゃん、元気か?」


問い掛けられ、回想から意識を戻した。
彼が聞いているのは私の姉のこと。

私には双子の姉が居る。
小さい頃から体が弱くて入院ばかりの生活が今も続いている。
小学校に入学する前に、ある事故で足が不自由になってから、学校にはほとんど通えなかった。
だからシズちゃんは、同じクラスだったにも関わらず私の姉とはあまり面識がない。


「…うん、相変わらず。やっぱり病院は退屈みたい」
「そうか」
「平和島くん」
「ヤメロ。静雄で良い」
「シズちゃん、ちょっとこっち向いて」
「…結局、最初に戻んのか」


私の「シズちゃん」呼びに観念したのか、少し疲れたようにシズちゃんがこちらを向く。


「顔、怪我してるよ。今日は特別に無料で治療してあげましょう」
「お前に金取られたことあったか?つうか、別に良いよ。すぐ治る」
「ダメ。綺麗に治らなかったら嫌でしょ?幽も気にすると思うなぁ。兄さんの顔に喧嘩キズあったら」
「…そうか」


弟の名前を出せば、シズちゃんはたいてい大人しく言う事を聞いてくれる。これは昔から変わらないな。
バックに入っていた消毒液とテープを取り出す。


「そのデザインしかないのかよ」


大人しくしていたシズちゃんから不満の交じった声が漏れる。
私が出したバンソウコウが気に入らないらしい。


「可愛いでしょ?ピンクと水色どっちがいい?」


しぶしぶ水色のテープを選んだ彼の頬にソレを貼り付け、よしっと言って私は立ち上がった。


「行くのか?」
「うん、ちょっと用事があって」
「そうか。じゃあ、気を付けろよ。さてと、俺もそろそろ行くかな」


これから取り立ての仕事だろうか。
「ん」と言ってシズちゃんから伸ばされた手の平を見つめていると、彼が再び口を開いた。


「缶、捨てとくからコッチよこせ」
「あぁ。どうもありがと。じゃ、またね」


缶を渡してから手を振ると、少し笑ってシズちゃんも軽く手を上げる。

変わらない。今も昔も。私も。彼も。
学生の頃と変わらない。


ただ一つ違うのは、私がキレイな人間じゃなくなったってトコだろうか。

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