黒蝶奇譚

黒蝶奇譚〜ある里帰りでの出来事〜(完結)
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第二章 おいしそうな本

「えーっと、ぞうきん、ぞうきん、じゃなくてもいいや。あ、りおさん! やかんの火を止めるのをお願い!」
 七偲が着物の袖口からティッシュBOXを取り出しながら、自らのモノス(物型)アートである、夢現の物語 織宿(むげんのものがたり おりおる)を呼び出して、台所に向かわせる。
「あ〜あ、こんなとこまで飛び散っちゃって……」
 七偲は床に積んであった本にかかった、そばつゆをティッシュに吸わせつつ、一緒にひっついていた刻みネギを拭き取った。
「……火は止めたぞ」と織宿が戻ってきた。
「ありがとう、りおさん。この上火事でも出したら事ですからね」七偲が自嘲して言う。
「……本の方は大丈夫か?」
「ああ、うん、何とか……ほとんどは表紙にかかっただけだし、その表紙もコーティングされたものだったから、大丈夫そうだよ」
「そうか」
「……でも、これが、なんとなくいい匂いがするんだよね〜」
 七偲が本を手に取って、クンクンと匂いを嗅いだ。そして、「この、刻みネギと天ぷらの匂いが混じった、ダシの利いた香ばしいそばつゆの匂い。……これって、どんな料理本よりも、『おいしそうな本』って感じだね!」と、のたまった。
「……。それは、マズイな……」
「え? どうしてだい? 借り物の本じゃないし……まぁ、ぼくは、自分の本が他人に汚されたら許せないけどね〜。ハハハ」
「……いや、他の者だったら、影響は出なかっただろうが。忘れているだろう? 本来アラヤシキの住人である、中でも創り手に属するおまえの場合、こちらでおまえが直接関わった本や物語は『そのままの形』で、他のものとは別に、向こうの『図書館』の蔵書の一角にコピーされるんだぞ」
「! あ……」
 それこそが、七偲の「物語を半現実化させる」という非常にはた迷惑な能力を支える、ベースとなる仕組みであるのだが、ほとんど自動的であるため、七偲自身は普段から意識していなく、自覚もまた薄いのだった。


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