黒蝶奇譚
□黒蝶奇譚〜ある里帰りでの出来事〜(完結)
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第一章 日常的惨事
時間を少し遡る。
七偲は、養家の敷地に建つ離れの一軒家の自分の部屋で目が覚めた。顔を洗い、寝間着から普段着の着物に着替えると、ふと、空腹であることに気づく。
「……そういえば、もうお昼だよ」
時計を見て、七偲は少し考える。食事はいつもなら母屋へ行けば、5歳上の義理の姉の笹百合(ささゆり)が用意してくれる。だが今日は神事の出張(地鎮祭とか)で、神主である養父の銀之助(ぎんのすけ)に巫女として同行して、現在留守にしているはずだ。
仕方ないので出前を取ることにして、
「天ぷらそばを一つ、お願いするよ。薬味の刻みネギはたっぷりでね!」
と、馴染みのそば屋に注文する。
待つことしばしで、出前が届くと、七偲はそのどんぶりをお盆に乗せて、居間の床の上に置いた。
テーブルの上は書きかけの原稿や資料、息抜きで読みかけた本やらが散らかっていて、置き場所がなかった。
床の上にも何冊かの本が積まれていて、足の踏み場もない。それをざっと端に寄せてスペースを空けると、床に直に座り、七偲は刻みネギがたっぷり入った天ぷらそばを幸せそうに食べ始める。と、ピィィィーッと、台所の方で、やかんのお湯が沸いたことを知らせる笛が鳴る。
「ん、お茶くらいは自分で淹(い)れないとね」
と、台所に向かおうとして足を踏み出した。と同時に何かにつまずいた。というか、思いっきり蹴っ飛ばした。
「あちゃー、やっちゃったよ」
足下には、お盆から外れた床の上にどんぶりが、そばと天ぷら、そばつゆ、刻みネギをぶちまけて転がっていた。