空想詩集

□即興物語詩編
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『人間の時間』


時間がシビアなのは 時間に縛られたくない 急(せ)かされたくないと言っている 人間自身がそう決めたからだ

その方が便利だから と 人間自身が 自ら好んで時間に縛られている

急かされている

それでも 人間自身はいつまでも 自分の時間を 正確に計れないでいる

それで失敗して いつも 時間が足りないせいにしている

時間が足りないのではなく 人間が時間に足りないのだというのに

そうではない 特別を夢見て 人間は時間を 死ぬまで手放そうとしない

あるいは死んでからも 未練を持って手放そうとしない


逃れたいのは 時間の方かもしれない

人間の手の届くところから 逃げようとして 時間は流れ 時を進め 自分を認識する人間が滅び去るまで その流れを 押しとどめることをせずにいるのだろうか




カチッ

と蓋(ふた)を閉じる音

そして ジャラッ ゴトッ という音を立てて 机の上に懐中時計が置かれた

だいぶ使い込まれて表面のメッキが剥(は)がれている

「うーん もう電池を交換しても動かないや」

電池で動く安物だった

「まぁ デザインはそこそこ気に入っていたし 一応捨てずに記念に取っておくか」

そう言って懐中時計を机の引き出しの奥にしまった男の腕には 真新しいブランド物の腕時計がはめられていた


男は もっと若く貧乏だった時には 安物の腕時計を身に着けていたが 彼女とのデートの時には 格好をつけて 安物ではあるがそこそこ洒落たデザインの懐中時計を ズボンのポケットに入れていった

時間を確認する度に取り出しては カチッと音をさせて蓋を開ける自分が 男にとって当時は 最高に格好良く思えた


そんな時もあった

今思い出すと馬鹿げていて気恥ずかしくなる そんな思い出とともに引き出しの奥に閉じ込めて そのまま男は振り返りもせずに部屋を出て行った

それでも その部屋の置き時計は チッチッチッチッ…… と 部屋の住人が見ていない時にも 微(かす)かな音を立てて秒針を刻み 出て行った男の腕時計や その他数多(あまた)の時計が 休む間もなく時間を計り続けている




時計が無くても 太陽の上り具合や 腹のへり具合でだって おおよその時間は計れる

人間が時間を意識する限り

時間は人間からは解放されないだろう……


END.

作/新名在理可


 この詩は、完全に新作で、昨日(2009/12/30)、時間に追われる中ふと「時間がシビアなのは、人間がそう決めたからだ」との言葉が思い浮かんで、それだけを携帯のメール機能でメモっておこうとしたつもりが、続きまで書き綴ってしまったものを改めて再編集したものです。

 再編集は昨日夕方から今朝にかけて(居眠りしながら)したのですが、原案を書いたのは昨日の朝、出勤前だったわけで……思わぬ時間を使ってしまい、お陰で遅刻しそうになりました(汗)。

 原案では小説寄りな部分もあり句読点をつけていましたが、詩に分類したかったので、句読点を外して空白マス(読点「、」ごと)と改行(基本、句点「。」で区切れる一文ごと)に代えています。

(新名在理可)
(記:2009/12/31/THU.)

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