気分屋書店

□ぼくは君を知っていた
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 ある朝のニュース。
 昨日(さくじつ)深夜にひき逃げされたと思われる、身元不明の遺体が発見された。
 それを聞き流しながら、ぼくのその日の一日は始まった。

 いつもと同じくありふれた日常の一コマ。
 そのことさえも気にもとめずに、世の中は動いている。
 ぼくは、そのことにふと疑問を感じてみることが、たまにある。
 けれど、だからといって、何かをするということはない。しなければ、と思っても、具体的にどうすればよいか? それがわからない。
 それに、これまでそれなりにやってこれたのだから、そのままでもいいじゃないか。そんな、あきらめともつかない思考停止に身を任せてしまえば、満足することはなくても、楽ではある。
 不満があっても、それを改善するために自分が先頭に立って努力するなんて面倒な上、必ず改善されるなんて保証もないのに(ましてや、なんの代償もなしになんて!)。考えただけで疲れてしまう。
 だから、考えたくない。そんなことは、自分には関係ない。
 そうやって、今まで過ごしてきた。

 自分のごく身近に接すること以外には極力無関心を決め込む。それが当たり障りなく世の中を生きていく上での、最もシンプルな知恵、処世術である。
 と同時に、そこには大きな落とし穴がある。
 しかし、ほとんどの人は、そこに実際に落ちるまで、気づくことはない。
 もし気づいても見て見ぬフリをして、脇を通り過ぎるだけだろう。
 せっかく事前に発見した落とし穴に、あえてわざわざ落ちる者などいない。いたとしたら、よほどひねくれ者か物好きな者など、変わり者だろう。
 その点、ぼくは変わり者ではなかった。
 だから、普通にうっかり、道を歩いていて落とし穴に落ちた。

「うわぁぁぁー―っ!!」

 そして、暗転。

 気づいたら、知らない、見覚えのない場所に寝そべっていた。

 そこはなんと、ぼくが暮らしていた時代から数十年前の世界だった!?


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