気分屋書店

□夏の夜の焦燥感
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 真夜中にふと目覚めると、外の方から、ジワジワ、ジージーと、時ならぬセミたちの合唱が聞こえてきた。
 それは控えめながらも、頭の中でワァァーンと響いているようで、はじめ耳鳴りかとも思ったが、そうではないようだ。

 窓を開ければ、昼間の名残を孕(はら)んだぬるい夜気が、微かな風に乗って部屋の中に入ってくるとともに、いくぶん鳴き声が大きくなった。
 そのまま窓辺に座り、セミの鳴き声に耳をすませていると、今が本当は夜中ではなく昼下がりで、外が暗くて気温もそれほど暑く感じられないのは、ひどく厚く雲が空を覆った曇天だからではないか? と、具にもつかないことを考えてしまう。

 そうしてしばし思いに耽(ふけ)っていると、……プゥウウゥー―ン……と、今度は明らかに嫌な甲高(かんだか)い音が侵入してきて、音が止まった辺りをピシャリと暗がりの中、勘だけで平手で叩くと、手応えがあり、どうやらそいつは撃墜できたらしい。
 だが、新たに奴ら敵機の援軍がプゥー―ン、ブゥー―ンと入ってくるものだから、たまらず開けていた窓を閉めた。

 手探りで蚊取り線香とライターを手に取り、カチッと火を点(つ)けると、その周りだけ明るくする光の中で、緑色の渦の外側の先端がオレンジ色に熱せられていく様に見入りながら、
(……本当はマッチを擦(す)った時の音と匂いの方が、風情(ふぜい)があって好きだけどね)
 と心の中で呟きつつ、レトロな蚊遣(かや)り豚に火の点いた蚊取り線香を移した。
 やがて独特の香りが部屋中に漂(ただよ)い出すのを確認すると、ほっとして、もぞもぞと寝床に入って横になった。

 しかし、寝付けない。
 すっかり目が冴えた訳でもなく、ウトウトとするのだが、夢か現(うつつ)かの状態でセミの鳴き声がやけに耳について離れない。
 それは遠くから聞こえてくるのではなく、まさに真夏の日中のやかましい、あの鳴き声で、ハッと目を覚ましてしまう。

 セミの声の大きさについては、夢を見ているのであろうが、まるで蒸し暑い中に昼寝から覚めた時のような感覚に捕らわれ、実際は、びっしょりというほどではないが、ジワッと汗ばんでいて、気持ちが悪い。

 そんなことをもう半時(はんとき)ばかり繰り返している。
 感覚的には一時(いっとき)以上経っている感じではあるが、時計を見るとそうではないとわかる。

 時計が壊れているのではないか? と疑ってはみるが、枕元にある目覚まし時計と寝るときも身に着けたままの腕時計、それに壁に掛かったクラシカルな柱時計のすべてが同じように時間の進みを遅らせているのでなければ、疑う余地は無く、正常にその役割を果たしているらしい。
 ……どうやら正常でないのは、私の精神状態かもしれない。

 今夜は明日に備えて、よく休んでおこうと決めたのに。

 あのセミの声が……どうにも気になって……。



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