Batty about Candied Days

□Woodsmen of the confetto
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「・・・。」


琴織は、少し緊張した面持ちで、ちらり、と自身の目の前に腰を下ろしている人物を見た。
紫がかった、真っ直ぐで綺麗な髪。
時々髪を結っているリボンに付いた鈴がチリ、と高い音を奏でている。

モニカに頼まれたものを届けるためだと言ってラファが叩いたのは、この世界にあるにしては少し違和感のある、日本家屋の玄関扉だった。
ちなみに、スライド式である。

中で琴織とラファを待っていたのは、今琴織の前に正座している人物で、和服姿の彼女は琴織を見ると自身を『イオリ』というのだと名乗った。

居間に案内されながら、モニカから預かった籠の中には、いくつかの食べ物が入っており、その味見をしてもらうのだと、ラファにこっそりと耳打ちをされた。
そして二人揃って居間に通され、イオリの前に並んで座り、彼女が籠の中から食べ物を取り出すのを見ている、のだが。


(・・・なんだろう、この緊張感は。)


取り出したものを並べ、しばらく悩んで一つをゆっくりと口に運ぶイオリを見つめながら、琴織は心中で呟いた。
なぜだか良く分からないのだが、先程から琴織はひどく緊張していた。
どきどきと鳴る自身の心音は勿論聞こえていたし、なんとなく、指先が震えるように感じる。


(空気が・・・。)


ちら、と横に座っているラファを見ると、琴織の視線に気付いたらしいラファが、パチン、と軽くウインクしてきた。
その背景が、縁側の先に見える日本庭園で、琴織はそのアンバランスさに少しだけホッとした。

コトン、という音が響いて、琴織は少しビクッと肩をはねさせて、前を見た。
低いテーブルの上に湯のみを置いて、イオリは取り出した食べ物を一つ口に入れた。



「・・・。」

「・・・。」


ゴクリ、と息を呑んで、届けたものをイオリが食べていくのを見守る。
イオリは一つ口に入れるごとに何かを考えるように目を瞑りほう、と息をついた。
そして次のものを口に入れる前に、湯のみからお茶を口に入れる。
その姿から、なぜか視線を逸らすことが出来なかった。


静かな時間が流れた。


「・・・ご馳走様でした。」


凛とした声に、琴織はっとする。
イオリの前から、食べ物は全て消えていた。


「お粗末様でした。」


ニコリ、と笑ったままのラファがそう言って、イオリの言葉を待つように軽く首を傾げた。


「一番右の赤いの・・・。」


イオリの言葉に、自然と背筋が伸びる。


「全く持って面白みのない味でした。」

「っ!?」


続いた言葉に、琴織はとっさに隣を見る。
けれど、横にいるラファは『伝えておきます』と笑って応えていた。
そこで、琴織はここに来る前にラファから伝えられていたことを、思い出した。

持たされた食べ物について、話をしたときだ。
甘い香りのする籠の中身について、ラファはお菓子が入っているのだと説明した後に、こう付け足した。

『彼女に評価してもらうことになっているんですよ。
ここの住人は、甘ければ良しというモノが大半ですが、彼女は違うので。』


「・・・『味にうるさい』、って・・・。」


思わず口から漏れた音に、イオリはちらりと琴織へと視線を向けたが、すぐに着物の袖で口元を覆い、笑った。


「こだわりがあるということは、悪いことではありませんわ。
それは自分があるということですもの。」


そして、再びラファの方を見て、ニコリ、と笑った。


「私(わたくし)は、左から二番目の、オレンジ色のものが一番だと思います。
それから、右から四番目の黄色のものは、もう少しスパイスがあった方がよろしいかと。
その隣の黄緑色のものですが、以前よりずっと良いものでした。」





玄関口まで、ラファと琴織を見送りに出てきたイオリは、『次回に期待しています』と言って笑った。


「以前は味がどれもこれも単調で、まったく面白くありませんでしたもの。
でも、今は違いますし・・・あの赤色のものも、よくなることを期待していますわ。」


森の中を、モニカたちの家に向かって歩きながら、ラファは困ったように笑った。


「やはり、魔法で作ったものでは彼女に満足してもらうことは難しそうですね。」

「・・・あの、赤いの?」

「ええ。
あの赤いのだけは、モニカが魔法で作り出したもの・・・。
彼女に持っていくものが褒められるようになったのは・・・チェロが来てからですね。」


ラファの言葉に、琴織は昨晩のことを思い出していた。


「あまり変わることのない、穏やかな世界ですが・・・。」

「・・・?」


先を行くラファの声に、琴織は顔を上げた。


「変化があることに否定的ではありませんよ。」


そうして、彼は笑った。

*****

「ねえ、ラファ。
どうして来るときと通る道が違うの?」


キョロキョロと辺りの木を見回しながら尋ねると、ラファは『おや』と目を輝かせた。


「気付かれましたか。
良く分かりましたね、ええ、少し寄るところがありまして。」

「寄るところ・・・。」


琴織はキョトン、と首を傾げた。
先程から、ずっと甘い香りが周囲に漂っている。
その甘い香りは、少しずつ少しずつ、強くなっているようだった。


「はい、もう少しで見えてくるかと・・・ああ、あそこです。」


飴細工のような葉を手で軽く押し、ラファはその先を指差した。


「あの『お菓子の家』に、寄って行きます。」

「『お菓子の家』・・・って、もう少し明るくって可愛らしいイメージだったんだけど・・・。」


ラファの言葉に一瞬目を輝かせた琴織は、少し複雑そうな表情を浮かべ、その家を見た。
周囲に漂う、甘ったるい匂いが分からなければ、これがお菓子の家であると、考えもしなさそうだった。
童話の中に出てくるような、明るい印象のこじんまりとした家を想像していた琴織だったが、目の前のそれは、おどろおどろしい雰囲気をかもし出していた。

壁にどろりと溶けたような形の、紫色の屋根は、途中から壁を全て飲み込んで、一部地面についている。
そのまま家を丸ごと飲み込んで、つぶれてしまうのではないかと、少し不安になる。
屋根の上からは不思議な形の、黒い煙突が突き出ていて、それは先に行くほどぐにゃりぐにゃりと曲がっており、先端には三日月の形をしたランプのようなものがぶら下がっていた。
残念ながら、まだ周囲は明るく、ランプに明かりは灯っていなかったが。
少し、モニカの家の中に似ているような気がした。


「コトリ。」

「あ、うん。」


ラファが呼ぶ声に、琴織は止まりかけていた足を早め、その隣に並ぶ。
ラファは壁につけられた、おそらくはキャンディで出来たドアノックをつまみ、三回叩いた。
返事は返ってこない。
代わりに、扉はゆっくりと開いた。
けれど、その扉を開けた人物は見あたらない。


「・・・?」


首を傾げ、これもモニカがやっていたような魔法だろうか、などと考えながら、ラファに促されるままにそのお菓子の家に足を踏み入れる。
と、琴織が家の中に入ったその瞬間、開いていた扉が突然、バタンと閉まった。


「えっ!?」


驚いて、振り返る。
そしてようやく、ドアの内側に二人、人がいたことに気が付いた。


「こんにちは。」


ラファがにこりと笑って挨拶をする。
つられて琴織もぺこり、と頭を下げた。

目の前にいたのは、ラファよりも少し年下に見える、少女と少年だった。

お揃いらしい、赤と黒の服。
小さなかぼちゃや月のチャームがついたチョーカーを首につけている。


「おやおやおやおや。」


少年の方が口を開いた。
それに続けて、今度は少女が喋る。


「今日はお客様が多い日ね。」

「いちにいさんにん。
多いね、多い日だね。
嬉しいね。」

「ラファ、ピアが来てるわ。」

「ちょっと待ってて。」


二人はそう言うと、琴織とラファの間を走りぬけ、廊下の奥へと消えていった。
外観どおり、お菓子の家の内部は薄暗く、廊下も少し先は闇に包まれていて、その先がどうなっているのか、良く分からなかった。


「ラファ・・・今のって・・・?」

「クラリネと、リネット。
双子の姉弟です。
二人が今呼びに行ったのが、ピア。
彼は・・・」


ラファはそこで、言葉を切った。

「・・・。」


琴織は、目を丸くした。
この世界の住人は、皆一様に派手な格好をしていたのだが、たった今双子に両脇を挟まれ、屋敷の奥から半ば引きずられるように連れて来られた人物は、派手さに磨きが掛かっていたからだ。

頭から足元にかけ、パーティーの飾り付けで使うような、銀色のモールがグルグルと巻かれている。
そしてモールのあちらこちらには、小さなオーナメントが吊されていた。
ただ、オーナメントはクリスマスというよりも、秋にショッピングモールのあちらこちらを飾るような、ハロウィン仕様のものだったが。
それに加え、琴織が目を丸くしたのには、更に理由があった。


その人物は頭になぜか、赤い色のバケツを乗せていた。
そしてその下から生えているのは、真っ白でふわふわとした、ウサギの耳だ。


「彼がピアですよ。」

「・・・白ウサギ?」


ラファがその名を教えてくれたので、思ったことを口に出してみる。
すると、琴織の言葉に不満げに頬を膨らませたのは、言われた本人、つまりはピアだった。


「ウサギじゃないです、スノーマンです!」


『はいここ注目!』と言わんばかりに、ミトンをはめた手を伸ばし、バケツを指す。


「ウサギ?」

「ウサギよね?」

「だから・・・っ、ウサギじゃないですっ。
スノーマンなんです!」


琴織とピアの会話をしっかりと聞いていたはずなのだが、クラリネとリネットは繰り返して尋ねた。

どうやらこの双子はピアをからかって遊ぶのが好きなようだ。


「そういえば、ここへは一体何の用で・・・?」


ふと、琴織はラファに尋ねる。
すると、彼は先程テーブル等を出したときに使っていたステッキを取り出すと、『お届けものです』といってそれを軽く振って見せた。

すぐに嬉しそうな声をあげる双子に、琴織は驚いて振り返る。

魔法の効力がどこに現れるのか、それが琴織には分からない為、少しだけ不便だと思った。
その力に慣れているものなら、良いのかもしれないが。

双子の手の上には、小さなカボチャとレースの飾りのついた帽子が乗っていた。
カボチャと一緒についている飾りは、クラリネとリネットで少しだけ異なっていたが、どちらも可愛らしいデザインだ。
ほう、と思わず息を吐くと、『モニカが作ったんですよ』と脇から教えられた。


「かわいい、かわいいね!」

「かわいいね、とっても素敵。
これで、お洒落さんだね。」

「ピアも綺麗に飾りつけたから、お洒落さんだね。」

「お洒落さんなウサギさん。
ウサギと帽子屋とアリスが揃っているんなら、お茶会が始まるかしら?」

「スノウマンなんです・・・。」

「私は帽子屋じゃないので、お茶会は御預けですね。」


双子の言葉に既に諦めたような声を出しているピアと、否定しながらも楽しそうなラファ。

恐らく『帽子屋』とはモニカのことなのだろう。
双子に渡された帽子を作ったのがモニカなら、きっとそうだ。
あの帽子も、魔法で作ったのだろうか、それとも・・・。

琴織はそんなことを考えながら、四人の平和なやり取りを眺めていた。


(3rd day)
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