Batty about Candied Days

□Honey custard pudding hill.
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Honey custard pudding hill.


「おはようございます、昨日は良くお休みになれましたか?」


『にっこーっ!!』とサインペンで背景に書き込んでやりたいくらいに爽やかな笑みを浮かべるラファに対し、琴織は小さく『はあ、まあ。』と頷いた。
失礼ではあるが、じろじろと頭のてっぺんから足の先まで視線を送ると、ラファがおもしろそうにくすくすと笑い声をあげる。


「ああ、モニカから聞きました?
私のこと。」

「透明人間・・・って、言ってましたけど・・・。
でも、ちゃんとありますよね、顔とか。」

「ん?
何なら、外してみます?」


普通の人間とあまりに変わらない見た目のラファに、やはりモニカの言ったことはタチの悪い冗談で、昨日のアレは何かの見間違いではないのかと思いながらそう言うと、ラファは耳の後ろ辺りに手をやりながら、そう琴織に尋ねた。
・・・心なしか、一瞬、ラファの顔が浮き、元々あまり光の無い虚ろな瞳から更に光が消えたような気がして、琴織は慌ててそれを制止した。


「いや、いいですいいです!!
結構です!!」

「そうですか?
いやあ、残念ですねー。」


あまり残念そうでない、軽い口調でそう言うと、ラファは手を下ろした。
ふうう、と琴織は溜息をつく。

と、それまで後ろに控えて二人のやりとりを見守っていたモニカが、布を掛けた籠を手に、一歩前に出た。
そして手にしていた籠を、琴織に手渡す。


「それじゃあコトリ、これを持って行ってね。」

「これは・・・?」

「お届け物よ。
お遣いを頼みたいの、コトリ。
今日はハニーカスタードプディングの丘まで行くらしいから・・・ついでに届けて来てほしいの。
大丈夫、届け先は、ラファが知っているから。」


その言葉に、琴織がモニカから籠を受け取って振り返ると、ラファはモニカの言葉を肯定するように、にっこり、と笑った。
モニカから受け取った籠からは、フワフワと甘い香りがしていた。



ラファの服は、少し暗い色合いで、木々によって太陽の光が弱められた森の中では、ともすればその姿を見失ってしまいそうだった。
琴織は、普段よりもほんの少しだけ早く、彼の後ろを歩いていった。

そこかしこに飾られたキャンディやらカボチャやらのせいで、森の中は甘い匂いで満ちている。
森の奥に向かってどんどん歩いていくラファを見失ってしまわぬように注意しながらも、琴織は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回していた。


「食べてもいいですよ。」

「え、いや別に・・・。」


そういうつもりで見てたわけじゃ、と小さく呟くように言うと、ラファはクスリ、と笑って、傍らの木に括り付けられていたマカロンの入った小さな袋を木から外し、ひょいと口の中に放った。


「そうですか?
でも、おいしいですよ。」

「あ・・・うん、じゃあ・・・ありがとう・・・。」


『どうぞ』と袋を差し出され、琴織は少し迷ってから結局差し出された袋に手を入れた。


「ねえ、ラファとモニカって、どういう関係なの・・・?」

「兄弟弟子、というやつですよ。
私の方が、兄弟子に当たります。」

「弟子・・・?
って、何の?」


モニカとラファでは、ラファの方が年下のように見えたが、琴織はあえてそこを突っ込むのをやめた。
これまでの不思議な体験を思い返せば、年齢のことなど、些細なことのように思えたし、そうでなくともそもそも、ラファは透明人間なのだ。
見た目の年齢など、簡単に変えることが出来るに違いない。
魔女であるモニカが、年を上に見せていることも考えられた。
琴織の問いに、ラファは優しく笑って返す。


「それはもちろん、魔法の、ですよ。
あの子、まだ貴女には魔法を使っているところを見せていないのですか?」

「あ、や、昨夜少し・・・。
・・・なら、ラファも魔法が使えるってこと?」

「ええ、勿論。
まあ、普段はあの子程は使いませんけれどね。」


ラファはそう言って、懐からキャンディでできたステッキを取り出し、軽く左右に振った。



ぽんっと軽い音がして、小道の真ん中に、グラスとボトルとクッキーの入った籠を乗せたテーブルが出現した。
琴織が目を丸くすると、ラファは笑いながら『少し休んでいきましょうか』と言って、テーブルと共に現れた椅子に座る。
テーブルにも椅子にも、白い布が掛けられ、ところどころにオレンジ色のリボンが付けられていた。


「この通りです。」


琴織は目をパチクリとさせて、目の前に突如出現したテーブルと椅子を見つめた。


「本当に、使えるんだ・・・。」


琴織がそう呟くように言うと、ラファはこくり、と頷いた。


「モニカと一緒に暮らしてた・・・ええと、チェロは魔法が使えない・・・あれ、使えるんだっけ?」

「彼には使えませんよ。
彼はあの方の弟子ではありませんし・・・。
ああ、『あの方』というのは、私とモニカ、それからもう一人・・・サリュという名の妹弟子がいるのですけれど・・・我々に魔法を教えてくださった方です。」

「モニカとラファの師匠は、魔法使いか魔女なんだね。
その人もここにいるの?
会えたりするかな?」

「会おうと思えば会えますよ。
二度とあちらの世界に帰れなくなってもいいのなら、ですが。」

「え。」


ラファが少し困ったように言ったので、琴織は手にしていたカップを下に下ろして、顔を上げた。

モニカはラファのことを、人をからかうことが良くある人物のようにいっていた。
だとしたら、今の言葉もそうなのだろうか。
けれども、カップの中身を小さな金色のスプーンでくるくるとかき回している彼の表情は、人をからかっているようには見えなかった。


「ど、どういうこと・・・?」


琴織は目をパチパチとさせながら、少し身を乗り出すようにして、ラファに尋ねた。
ラファはカップの中身を一口飲むと、口を開いた。


「昔々の話です。
ある時、時空の狭間に数人の人が・・・ああ、あなた方が住んでいる世界では『お化け』とか『モンスター』とか呼ばれている方々を指してますが・・・とにかく、彼らと、力の強い魔法使いと、それからその弟子達が閉じ込められました。」


琴織は目をしばたかせた。
ラファの話が、昨晩、モニカから聞いた話と同じであることに気が付いたからだ。
けれども、何も言わずに話の続きを待つ。
ラファはすぐに言葉を続けた。




「魔法使いは、自信の魔法で空間を広げ、この世界を作ることに成功しました。
けれど。」

「けれど・・・?」


モニカの話にはなかった、少し悲しげな音に、琴織も少しだけ眉根をよせた。


「空間の歪んだこの場所では、彼の魔法は完璧ではなかったのです。
歪んだ空間を広げたこの世界は、ある一定の時間を経過すると、空間の歪みに巻き込まれて、急激に収縮してしまうのです。
それこそ、全てを巻き込んで・・・ね。」

「ん・・・?
それって、つまりはどういうこと?
空間がこう・・・押し潰されて、小さくなって・・・?」


琴織は、両手を肩幅くらいに離して広げ、その両手の距離をぐっと近づけた。
ラファはそれをじっと見て、ふっ、と溜め息とも笑い声ともとれる音を漏らしてから、その問いに答えた。


「簡単にいうと、この世界はある一定のスパンで『ほぼ消滅』してしまうんですよ。
住人もろともね。」

「なっ・・・!?
で、でもみんな普通に・・・今までだってそうだったんでしょ?
みんな、ちゃんと生活してるじゃない・・・。」


しまった、これも人をからかうのが好きなラファの冗談なのか、と思ったが、ラファは『冗談です』と言うことも、楽しそうにクスクスと笑うこともなかった。


「というか、『ほぼ』って、何・・・?」

「そこに、あの方がおられるんですよ。
空間がねじ曲がって世界が押し潰されても、消えないその場所に、ずっと・・・ずっとね。」

「それと、いまこの空間がちゃんと存在してることに、何か関係があるの・・・?」


琴織が首を傾げると、ラファはにこりと笑った。


「あの方は、優秀で力の強い魔法使いです。
彼は、空間の歪みによってこの空間が押し潰された時、『再生の魔法』を使いました。
『再生の魔法』は、文字通り、ありとあらゆる物を再生する魔法です。
使った者の記憶を頼りに、ね。」

「それじゃあ、今この空間って。」

「ええ、あの方によって、作り直された・・・再生された空間なのですよ。
私自身も含めて、ね。
・・・再生の魔法を使うことで、この世界は消滅と再生を繰り返す、いわば不死鳥のような存在になりました。
けれども、世界を再生するためには・・・再生の魔法を使うためには、世界がほぼ消滅した時でも、自分が存在してることが必要になります。
魔法を使う本人まで消滅してしまっては、さすがに魔法は発動しませんから。
しかし、この世界が時空の歪みにいつ巻き込まれるのか、ハッキリとしたタイミングは、あの頃のあの方には、分かりませんでした。
そこで、彼は絶対に無事な空間を見つけ、そこに未来永劫、留まることにした・・・。
コトリ、あの方は今、森の奥にいます。
絶対にそこから離れることがないような姿で。」

「動かない・・・?」

「ええ。
あの方の今の姿は、大きくて立派な木なのですよ。」

「木・・・。」


琴織の言葉に、ラファはコクリと頷いた。


「ええ。
コトリ、あなたがあの方に会ったら元の世界に帰れなくなるというのは、私があなたに出した『帰るための条件』と同じ理由からなのです。」

「って、あなたの中から私の記憶を消せっていうやつ?」

「ええ。
先程言った通り、あの方の再生の魔法は、あの方の記憶をもとに、あらゆる事象を再生するものです。
本来であれば、あの方自身がこの世界を見て、記憶したことを再生するでしょう・・・一番最初にこの世界が消滅しかけた時は、そうでした。
けれども、今、あの方はあの場所から動けない・・・そこで、我々弟子達の中で一番知識量に長けていると言われた私が、あの方の目の届かない場所を魔法で再生することになったのです。」

「じゃあ、もし私がラファの記憶から自分のことを消せなかったりしたら・・・。」

「あなたは再生の魔法によって、再びこの世界に連れ戻されてしまうことになります。
彼がそうであったようにね。」

「彼・・・?」

「チェロ。
彼も、貴女と同じように、そちら側から迷い込んできた方ですよ。」

「・・・!?」

「残念ながら、彼はあの方の森に入ってしまった。
自らに魔法をかけ、木となってしまったあの方から、記憶だけを消すだなんて、そんなことは出来るはずもなく・・・あの方を切り倒せば、それこそこの世界は消滅してしまいますから、我々もどうするとも出来なかったのです。
・・・この世界は彼を巻き込んで消滅し、そして再生されたのですよ。」

「じゃあ・・・。」


琴織は、昨晩、チェロが『血』と称してジュースを飲んでいたことを思い出した。
彼は元々、血など飲まないのだろう。


「とは言っても。」

「え?」


ラファが静かにカチャリとカップをソーサーに乗せて言った言葉に、琴織は首を傾げた。


「彼はあちらの世界のことを、覚えていませんがね。」

**********

焦げ茶色だった森の地面が、ほんの少し黄色になり、甘ったるい匂いが濃くなった。
ラファが再び足を止めたのは、少し傾斜のついたその黄色い丘を登りきった、その時だった。


「コトリ、あちらに見える森・・・あの森の一番奥に、あの方・・・我々の師匠である、ライア様がいらっしゃるのですよ。」


ラファは木々の間から、左手の方角を指差す。
その指が指し示す方を見やれば、ほんのりと紫色に染まった森が見えた。
よくよく目を凝らせば、紫色の中を、まるで蛍が飛んでいるかのように、淡い色の光の玉がふわふわと飛んでいるのが見える。


「彼女の庵は、こっちの森にあります。」


ラファはそう行って、紫色の森とは違う方向を指さした。


「『彼女』・・・?
あ、この荷物の・・・。」


ほんの少し首を傾げてから、琴織は自信の手を見下ろした。
モニカから届けるようにと頼まれた籠が、そこにある。


「さあ、行きましょう。」


ラファの言葉にこくりと頷いて、琴織は彼の後ろを追い掛け始めた。


(2nd day)
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